さよならの魔法



(あー、後で母さんにいろいろ聞かれるな………これは。)


女関係のことなんて、親に話したことはない。


男なんて、みんなそんなものだ。

いちいち付き合っている彼女のことを報告したりなんかしないし、相談だってしたりしない。



友達に話すことはあっても、親に話そうとは思わなかった。

他のヤツは知らないけれど、少なくとも俺は。


興味津々で尋ねてきそうな母さんの姿を思い浮かべ、溜め息が出る。



茜をこのまま、家に上げる訳にはいかない。


茜は、俺の彼女じゃない。

付き合っていたという過去はあっても、今はただの元クラスメイトの1人というだけだ。


そうかといって、このまま玄関先で話す訳にもいかない。

物陰から、母さんの視線も感じるし。



「………ちょっと待ってて。外で話そう。」


荷造りなんて、後回しだ。

今は、この状況をどうにかするのが先だ。


財布と携帯電話だけをポケットに入れて、俺は茜を外へと連れ出した。





「寒っ………。」


外に出た瞬間、突き刺す様に真冬の冷たい風が容赦なく当たる。

急いでいたから、上着を羽織ってくるのを忘れてしまった。


あー、失敗した。

格好悪いけど、めちゃめちゃ寒い。


寒さに耐えかねた俺は、家の近くにある自動販売機で缶コーヒーを買うことにした。



「茜、何か飲む?」


茜にそう聞けば、茜は無言で首を横に振る。



「………。」


いらない、ということか。


無口な茜と一緒に、自動販売機の横にあるベンチに腰を下ろした。



ベンチの端と端に、離れて座る。

その距離は、昨日と比べたら歴然とした差をもって離れていた。


6年前よりも、ずっと遠い。

今までの俺達の歴史の中で、きっと1番遠い距離感。



俺達の間を、風が通り抜けていく。



「………。」

「………。」


お互いに、言葉を発することはなかった。

空気の重さが、そうさせたのかもしれない。



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