さよならの魔法



何の力もない。

契約が取れなくて、謝ってばかりいる。


ペコペコと謝ることしか出来ない自分に、1番腹が立つ。



なんて、無力なんだろう。

どうして、俺はこんなに上手く立ち回れないのだろう。


何が足りないのか。

それさえも、もう分からない。



「新規で契約が取れるまで、会社に帰ってこれると思うなよ。いいな?」


そこで、プツリと通話が途切れる。

通話が途切れた携帯電話を見つめ、俺は深い溜め息をついた。



(どうすればいいんだ………俺は。)


なんて、ほんとは聞かなくても分かっている。

俺が取るべき行動なんて、たった1つしかないのだから。


何としてでも契約を成立させるまでこぎ着けて、主任の怒りを鎮める。

さっさと動き出して、飛び込みでも営業を続けることのみ。



歩け。

さあ、歩くんだ。


歩き始めなければ、何も始まらない。

何も出来ないだろう。



それなのに、足が動かない。

自分の意思の通りに、体が言うことを聞いてくれない。


石になって固まってしまったみたいに、俺はその場から動けなくなってしまっていた。




「………。」


立ち止まってしまった俺の横を、たくさんの人が通り過ぎていく。

俺のことなんて見向きもせずに、俺を追い越して先へと行ってしまう。


俺は、糸が切れた操り人形だ。

何も出来ずに、その様子をただ黙って見ているだけ。



ざわめきに満ちる雑踏。


駅のホームに向かう、サラリーマンの後ろ姿。

私服に着替えたらしい、OL。


夕方という時間のせいか、制服姿の学生もちらほら見受けられる。



共通しているのは、みんなの動きが速いことだ。


時間が惜しいのだと言わんばかりに、その歩みを止めようとする者は誰1人としていない。

ロボットみたいに、ある意味規則正しく進む流れ。


その光景は、俺の目にはひどく異質なものとして映っていた。



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