さよならの魔法
通い慣れた道を、1歩ずつ歩いていく。
ポツンポツンと建つ、古い家。
家の周りには、深い緑が溢れる。
まだ青い稲穂を揺らす、田んぼ。
整然と並んだ畑。
田舎育ちだからなのか。
何が育てられているのかなんて、見ただけで分かってしまう。
田んぼの真ん中に建てられた、いくつかのコンクリートの建物。
灰色の建物の群れが、私の今日の目的地。
そこは、この小さな町の役場とホール。
ホールでは、たまに催し物が行われている。
そして、その横にある小さな図書館。
こじんまりとした図書館が、私の目指す場所。
勉強に行くと母親に告げて、私は毎日、この場所へとやって来る。
嫌な顔しかしない母親に謝って、徒歩でこの灰色の建物を目指すのだ。
それが、夏休みに入ってからの私の日課。
私は迷わず、図書館の中へと足を踏み入れた。
サァーッと、自動ドアが私に反応して開いていく。
灰色の建物が、私を受け入れてくれる瞬間。
スーッと、涼しい中の空気と外気が入り交じる。
冷たい空気と生温い空気が、混ざり合う。
(あ、気持ちいい………。)
先ほどまで感じていた蒸し暑さが、嘘の様だ。
ひんやりとした冷たさに満ちたこの空間は、居心地がいい。
火照った体を、ひんやりとした空気が冷やしてくれる。
ハルという名前のせいだろうか。
春の陽気はとても好きなのだけれど、夏の暑さにはどうしても弱い。
ぽかぽかの陽気は落ち着くけれど、体力さえ奪っていくこの暑さにはほんとに参ってしまう。
毎年のことだけど。
運動部に入っている訳でもない。
運動も、元から不得手だ。
体力がない私は、このくらいの暑さでもすぐにフラフラとよろめいてしまう。
そんなひ弱な私は、この冷たい空間が大好きだった。