さよならの魔法



たくさんの本に囲まれた、閉鎖的な場所。

わずかに香る紙の匂いが、鼻孔の奥深くまで届く。


古い紙の匂い。

紙と紙が擦れる時に、微かに聞こえる音。



それ以外に、音はない。


静かな森みたいなここは、私にとっての安らぎの場所。

家にも学校にも、居場所がない。

どこにも居場所がない私の、癒しの場所。



カウンターの奥には、中年の男性職員がポツリと退屈そうに座る。

ちらりとこちらを見たきり、目も合わせてくれない。


そんな職員にも、一応挨拶代わりに頭を下げる。



いつも通りの風景。


私とこの職員のおじさん以外に人はなく、あるのは本の山だけだ。

いつもの本棚に向かって、真っ直ぐに歩いていく。



(誰もいないなぁ………やっぱり。)


当たり前と言えば、当たり前のこと。


ここは、人気の場所ではない。

決して。



プールみたいに人が集まる訳もなく、ただ誰にも読まれなくなってしまった本が眠る場所。

忘れ去られてしまったかの様に、町の役場の隣に佇んでいる。


こんな所に図書館があるだなんて、知っている人の方が少ないのかもしれない。

きっと、知らない人の方が多いはずだ。



私がやって来たのは、小説が置かれた本棚の前。

いろいろなジャンルの小説が、作者ごとに整理されて並べられている。


小さな町の、小さな規模の図書館だ。

置かれている小説の数も、そう多くはない。


それでも、家にあるよりはずっとたくさんの本が、ここにはある。



(この前はここまで読んだから、次は………これ。)


本は、昔から好きだった。

絵を描くことと同じくらい、本を読むことが好きな子供だった。


周りの子供が外で遊んでいる時間に、私は部屋に籠って本を開いていたものだ。



「もっと、他の子みたいに外で遊んできなさい!」


母親に、よくそう言われていたのを覚えている。



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