偽りの婚約者
相手が秘書っていうのは腑に落ちないが、婚約まで決まっているなら、もう俺にはどうしようもない。
完全に……玲奈を失った。
絶望の闇が、心を一気に被い尽くしていく。
「おいっ、大丈夫か?」
心配そうに先輩が訊いてきた。
「はっ……、別に大丈夫ですよ。変な気なんか、起こすつもりはないですから」
そう自嘲ぎみに呟くと。
先輩は複雑な顔で暫くこっちをじっと見ていた。
「……ところで、経理課には新入社員は入ったんですか?」
「あぁ、男性社員が二人と女性社員が一人、入ったんだけどな……フッ……」
「先輩?」
「彼女、安西さんて言うんだけどな?
すごく真面目でいい子なんだけど……ちょっとドジな所があってミスが多いんだが、でも一生懸命な子だから憎めないんだ。
今、中島さんが教育しててな、彼女は経理課に入って来た時から優秀だからね。彼女に任せておけばなんとかなるかな―――――――――――――」
楽しそうに話しをしている先輩が、なんだか凄く羨ましくなった。
あのまま経理課にいたのなら、こんな空虚な時間を過ごす事もなかったかもしれない。