R∃SOLUTION
 まず驚いたのは、部屋の出入り口が二か所用意されていることだった。

 扉を開けた先の彼の背より大きな窓には、魔導結界と言われる特殊な術式が加えてあるのだと、ヴィルクスは言う。窓から外には出られないが、外からの攻撃も防ぐそうだ。つまり、あの高い城壁の内側にあった、城を取り巻くもう一つの壁と同じような役目を果たしているらしい。

 部屋の中央に置かれたテーブルの上には、上等なテーブルクロスが敷いてあった。床を埋め尽くす絨毯の色合いと噛み合うようにしてあるのだろう。リタールの豊富な資源を使ってこそ出来る代物だとフィルギアが自慢げに胸を張る。

 寝室は向こうのドアだと指された方には、いささか装飾過多にさえ見える扉があった。

「――テレビは」

「は? 何言ってんだ、青年」

「ゲーム機は! ないのかよ、何も!」

 いぶかしげに顔を見合わせた二人が首を横に振る。

 それから――聞いたことすらないと言った。

「てれび、とやらはない。ゲームキが何なのかは知らんが、お前の世界にはあると?」

「あるよ、ありまくりだ! マジかよ、俺、どうやって暮らせばいいんだよ」

 幾ら教科書の世界とはいえ、暇つぶしの道具程度はあるだろう――という考えの甘さを恥じた。機械の娯楽しか知らない彼は、この広い空間でどうすればいいのかが分からない。

 精々、寝室で日がな一日眠ること程度しか思いつかないのである。

「――よく分かんねえけど、暇つぶしなら騎士団に顔出せよ。そのうち厭でも関わる連中だからさ。あんたも、友達いた方がいいだろ、多分」

 分かんないけどと困り果てたように口にして、フィルギアは部屋を出て行った。特に用があるでもないだろうに、その足取りは迷いない。

 残ったヴィルクスは一礼をして、ドアをくぐった。

「もうすぐ侍女が来るはずだ。この世界のしきたりと――それから、敬語を使われるのに慣れておけよ。然るべき場では然るべき対応をせねばならないんだからな」

「ういっす。出来るだけ覚える」

「出来るだけ、ではなく全て、だ。最低限の礼儀という奴だからな。一か月以内だ。いいな」

 眉根を寄せて露骨な不服の意を示しながらも、彼は頷いた。一応の納得をしたらしく、銀の騎士は微笑する。

「――また明日、エーヴェルシュタイン」

 軽く手を振るヴィルクスの姿が、閉じた扉の向こうに消えた。最初に会った時からの豹変ぶりに呆然としたまま、一連の動作を見送っていたリヒトは、ふと我に返ったように動き出す。

 寝室と言われた部屋を覗く。外からの光が入り込む窓の外に、緑の葉が見えた。部屋を見渡しても電気の類はない。代わりに置かれたランプには、火はともっていなかった。

 骨董品のように見えるそれに手を伸ばす。危険性が指摘され、丁度リヒトが生まれた年に生産を中止した、ガラスと呼ばれる素材によく似た光沢を孕んでいた。差し込む陽光に照らされるそれに、彼の緑の目が映り込む。

 つるりと表面を滑る指に、冷えた感触が伝わってくる。

 彼は侍女が部屋に現れるまで、無言のままランプを眺めていた。
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