R∃SOLUTION

夜半

 ――敬語に中てられた。

 三人の侍女の言葉に囲まれて、気まずい空気を過ごした彼は、彼女らの名前をろくに覚えられなかった。

 不思議なことに、それでもヴィルクスに言われた必要最低限の礼儀だけは頭に残っている。この世界がどれだけ彼の常識から外れていたかも、厭というほど理解した。

 時間は――時計が同様の形をしているのだから当然のことなのだろうが――リヒトのいた場所と変わらない表現だった。一年は十二か月、一か月は三十日ないし三十一日、一日は二十四時間――といった塩梅だ。時差にやられることがないようで助かったと、彼はこの点においては安堵した。

 距離の単位も彼の世界と変わらないメートル法だという。重さも特に変化がないあたり、金銭の単位以外の心配は、する必要がなさそうである。

 問題は、彼の知るものが何もないことだ。

 機械という言葉を、誰一人として知らなかった。移動手段は専ら生き物に乗るか徒歩であると、侍女は口を揃える。

 一瞬――酷くけがらわしいと思った。

 人間に近づくことしかしてこなかった彼は、当然ながら獣に触れたことはない。許可された家にはちらほらと愛玩動物がいたが、それとてろくに触らせてはもらえなかった。

 両親は、それをけがらわしいのだと言った。

 その先入観ゆえか、あるいは無生物の支配する世界に暮らしていたゆえか、とにかく彼は生物が得意でない。

 大きな窓の外を見る。強い光が目を刺した。薄紫の空に時間を取り戻す。

 眠るには早い。かといって別段することもないのである。

 さてどうするか――。

 思い出したのは、フィルギアの言だった。騎士団に来いと、いずれ付き合うことになると、彼女は言っていた。

 そうと決まれば、後の行動は早い。部屋の隅に備え付けてある立派な箪笥から衣服を引き出す。パーカーとジーンズを脱いでから、恐らくこれを着る機会はしばらく訪れないだろうと思った。

 この世界における彼の扱いは導師ということらしい。その権力の誇示に使用するローブを纏い、魔道具をつけるのが慣例である。

 彼に用意されたそれは、背の中ほどまで伸ばした髪を、下方で纏めるための髪留めだった。左右に一房だけ残して別の髪留めで縛るというのも――慣例の一種だそうだ。

 しばし迷ってから、彼は三つの髪留めを手に取った。

 ローブは、今着るべきものには思えなかった。
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