R∃SOLUTION
 大慌てのナレッズに部屋まで送られ、訳も分からぬままに閉まる扉を見ていたリヒトは、大仰なそれが閉じる音で我に返った。

 ――夜は治安が悪いというのは、どこも同じようだ。しかも街灯の一つもないとなれば、一応ながら高貴な身分ということになっている彼が、たとえ城壁の中だったとしても、不用心に出歩くのは得策でないのだろう。

 いつの間にか灯されていたランプの火に、室内がぼんやりと浮かび上がる。時計の示した時刻は午後八時である。そろそろ風呂に入りたいと思わないではなかったが、湯浴みは、明け方だと説明されていた。

 この中世的な――彼の知るところの区分では、そう説明するのが妥当であろう――世界においては珍しく、リタール王国は非常に潤った生活をしているようである。近くに流れる川のお蔭で水には事欠かず、周囲の森は資源の宝庫だ。

 なるほど、穏健な女王といい、資源量といい、この時代にしては理想的な場所らしい。

 しかし――幾らこの時代にとって良くても、と思う心があるのも事実である。

 豪勢なベッドのメイキングは既に済んでいる。部屋の掃除も、彼が出かけている間に侍女が済ませると聞いた。手を出してはならないというのは、生活様式の全く違う彼といえど分かっていた。

 すなわち、彼が手を出したなら、侍女の立つ瀬がなくなるのである。

 部屋主自ら掃除を済ませ、ベッドをメイキングしていたのでは、彼女たちの仕事はおろか誇りさえ奪いかねない。

 結局、彼に出来ることと言えば、時計を眺めていることくらいだった。

「――寝るか。つか、寝るしかねえか」

 独りごちてから部屋を見渡す。寝間着は用意されていた。素早く着替えてから寝具に乗る。これがあの小さな石から出来ているとは到底思えなかった。

 ふと新緑のにおいがした。起き上がって体を捻る。窓の外で葉が風に擦れていた。

 不意に、油の臭気を思い出す。

 吐き気を催すほどの鼻を衝く異臭は、緑の生きたにおいより余程ましな気がした。

 こみ上げてきた何かを飲み下して、無理矢理に目を瞑った。ついていけないことが多すぎて、珍しく感傷的になっているのだろうと自分を納得させる。

 用意された枕の中に感じる、生きた木の実の厭になるような感触に包まれて、彼はまどろみを享受することを決めた。
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