R∃SOLUTION

城下

 気が付けば既に午前六時を回っている。

 侍女に起こされ、待ち望んだ湯に浸かったわけだが、どうにも疲弊したように思えるのは気のせいではあるまい。

 リヒトが起きたのが三時半のことである。

 それから軽く身支度を整え、豪奢な浴場へと連れて行かれた。一向に退室する気配のない侍女にそのことを問えば、手伝いをするとの返答がある。赤面した彼による懇願が功を奏したか、彼女らは特に異論を述べるでもなく無言のまま下がった。

 この世界では男女問わず高貴な人間は「手伝い」をさせるそうだ。

 彼とて、その意味が分からないほど子供のつもりはない。その状況にあこがれたことも、それこそ思春期の頃ならばあったかもしれないが、今の彼は一応ながら暮らしていた世界における常識たるものを手に入れた男である。この年になって、自分がされる立場になってみれば、思春期的な願望よりは青年としての気恥ずかしさが勝る。

 かくして一人湯に浸かることに成功したリヒトであったが、そうすれば今度は外にある気配が気になって仕方がない。例え使用人とその主という関係にあろうとも、複数人の異性に入浴を見張られるというのは落ち着かない。

 さりとて一人で入れるなどと主張するのも、それはそれでどうかと思ってしまう。昨日だけでも自分の立場は厭というほど理解したし、それならば万一彼が逆上せあがって湯船に浮かんでいたときに、誰が責任を負わされるかということを考えれば、迂闊なことも言えない。

 結果的に非常に落ち着かない入浴を済ませた彼は、いずれこれにも慣れるだろうと思いながら、侍女を下がらせたのであった。

 朝露を踏むと靴が濡れる。湿った感触に顔を顰めながら、リヒトは騎士団の屯所に向かっていた。

 騎士団長が顔見世を要求している――。

 伝言を告げる際にも、若い侍女は無表情だった。なるほどこれがプロフェッショナルというものなのかと一人納得していた彼は、遠まわしに急かされながら庭に出た。

 昨日、彼の話し相手となった騎士と、合流しなくてはならない。

 団長と懇意な間柄であるらしい金髪の騎士は、騎士服に身を包んで、屯所の付近で槍を振っていた。

「よ、ナレッズ。朝から物騒なもん振り回してるな」

 その声に得物を下ろし、ナレッズがリヒトを見た。赤茶の髪の英雄が近くに腰を下ろすのを見届けて、額の汗をぬぐいながら、彼は笑う。

「お早う。俺の武器なんだから、訓練中に振り回すのは当たり前だろ」

「へえ、槍なのか。騎士様って言うと剣のイメージだった」

「剣の人もいるけどね。俺は大盾持つから、機動力より射程重視」

 重量のあるそれを軽々と肩に担ぎあげ、絵に描いたような騎士たる彼は、空いている右手をひらりと振って見せた。

 曰く、肉体強化は行っていないらしい。

 魔力が生命力に直結するこの世界では、無暗な強化は無為な消耗につながるという。一人で行う訓練や形式的な型の指導では、通常は魔力の仕様を抑えるそうだ。

 話を聞き終えて感嘆の声を漏らし、リヒトが頭の後ろで手を組む。

「大変なのな」

「慣れればそんなこともないよ」

 湯浴みの後に汗をかくのだけはいただけないと苦笑して、金の騎士は武器を見詰めた。

 鈍い輝きを放つそれが、掌に収まりきるだけの石に変わった。透明なそれの名を、昨日の今日で忘れるはずもない。

 魔晶石である。

「すっげ。今の何?」

「説明しづらいけど――格納かな。こうやって持ち運ぶんだ」

 鎧や着替えも、大抵はこの形になっているという。

 ならば何故自分の服は箪笥にしまってあったのかと問う。まさか石を渡すわけにはいかないとの返事があった。

「さて、リヒトさんも来たことだし、じゃあ団長にお会いしよう」

 軽く手招きをしながら先を歩く小柄な青年の背を追って、リヒトは屯所の中へと足を踏み入れた。
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