R∃SOLUTION
 日に照らされた煉瓦造りの家並みが、英雄を歓迎していた。

 大通りにはちらほらと白い騎士服が紛れている。客引きのために叫ぶ商人の声を物珍しげに見渡していたリヒトは、隣のナレッズに小突かれて我に返った。

「聞いてなかっただろ。珍しいのは分かるけど、こっちも徹夜で案内ルート考えてたんだから、少しくらい耳に入れてほしいな」

「ああ、悪い。で、何だって?」

 ばつが悪そうに耳の後ろを掻いて、リヒトは騎士を見下ろす。

 咎めるような声音とは裏腹に、彼は機嫌を悪くしたわけではないらしい。穏やかに笑んで、通りに面した家々を説明し始めた。

 城下町に出ることの多い騎士は、実に様々な情報を手にしている。

 実用品の多くある店から安価で飲める酒場、果ては街中で一番涼しい休憩所まで、彼は逐一説明した。動きやすいながらも分厚い騎士服で移動する彼らにとっては、気候の変化は天敵であるとのことだった。

 ナレッズ曰く、徹底的な実力主義国家であるリタールには、貴族と平民の明確な区別はないそうだった。

 城内に自由に出入りできる者たちを貴族と呼ぶが、魔力の量によっては平民も騎士になりうる。貴族というにはいささか個人的な実力に左右されすぎるため、城住まいの人間以外は、全員が城下か領土内の街に居を構えているとのことである。

 とはいう物の、縁故による実質的な世襲は暗黙の裡に行われているのだろうと騎士は言う。特にヴェルカが即位してからは、若き女王を補佐するという名目で、それまで教育してきた自分の子供を推薦する場面もよく見るようになったそうだ。

「貴族は全員、時の神に誓いを立ててる。そのときに陛下より賜るのが、特別な――今から見に行く魔晶石の一部なんだ」

 その魔晶石がある限り、貴族は常に主の支配下に置かれる。

 忠誠を誓っている間は黒い霧からも持ち主を守り、治癒力を高め、魔力の使用による消耗を抑えるそれは、裏切りを許さない。主君を売り渡そうとする者には、守護が牙を剥くことになる。

 騎士の規律とは王を裏切らないためのもので、同時に騎士たちの身を守るためのものでもある。

 穏やかな語り口で、この国の情勢をひとしきり話しきったナレッズは、そこに魔晶石があると大通りにある大きな公園を指した。子供たちの笑い声につられてその先を見たリヒトの目に、黒い髪が映る。

 表情をひきつらせたナレッズが駆け出した。慌てて後を追おうとするリヒトだが、子供にぶつかると思うと歩かざるを得なかった。

「アストレド様!」

 非難の声に振り向いたフィルギアの顔は、泥に汚れて尚楽しげだった。

「よ、白騎士。それに青年」

「ご機嫌麗しく存じます――ではなく、貴女様は何をしていらっしゃるのですか」

 恭しく頭を下げたナレッズに、彼女は心底不思議そうな目を向けた。彼が言わんとしていることが、全く理解出来ていないようである。

「何って、遊んでるに決まってるだろ」

 ようやく騎士の横に辿り着いたリヒトは、その茶目っ気を孕んだ赤い目を呆れたように見詰めた。

 五六歳とみられる少女と手をつなぎ、周囲の少年に逆の腕を引っ張られて、彼女は快活に笑う。およそ女性の笑みとは思えないそれに、ナレッズが眩暈を起こしたかのように頭を振る。

「もう少し、ご自分の立場を弁えてください。私たちには貴女様を守る責務がございます。ですから、せめて一人でも護衛を――」

「んなことしたら、見張られてるみたいじゃねえか。こちとら普段は缶詰なんだぜ。少しくらい自由があってもいいじゃねえの」

 悪びれもしない少女に、騎士はひきつった愛想笑いを浮かべた。

 疲れたように肩を落とす彼を尻目に、黒い髪の少女はリヒトにひらりと手を振った。そのまま少年に引きずられていく彼女を見送って、隣の青年に緑の目を向ける。

「何だよ、あいつってそんなに凄い奴なのか」

「そりゃあ、もう。クラステン帝国とイスド王国の信仰してる神様の化身だよ。クラステン帝国宰相の娘、最高貴族令嬢、フィルギア・ロート・アストレド様」

 小さく疑問の息を吐き出したリヒトに、青い目の騎士は続ける。

「陛下は時の神の化身で、アストレド様はこの世界の創造者――龍の化身。しかも、クラステンからの親善大使ってわけだから、俺たちが最優先で護衛しなくちゃいけない方なんだけど――ああやって、いつも護衛もつけずに遊んでるから」

 お強い方だし諦めてるよと肩を竦めて、彼は彼女が去って行った方向を気にかけながら、リヒトを見て噴き出した。

「何て顔してるんだ。そんなに意外かな」

「意外に決まってるだろ! ええ、俺も敬語使った方がいいか」

「やめといた方がいいと思うよ」

 彼女は敬語が嫌いなのだと苦々しく視線を外してから、彼は気を取り直したように笑って、真っ直ぐな目でもって英雄を射抜いた。

「さ、行こう。あの方も、城壁の中にいてくれるなら大丈夫だから」
< 18 / 26 >

この作品をシェア

pagetop