R∃SOLUTION
 暖かな日差しに照らされて、乳白色の鉱石がリヒトを見下ろした。

 神から遣わされた、この世界の時間の原動力となる、伝説の魔晶石だそうである。

 なるほど、確かにこれだけの大きさのものを運び込むのは相当手間が要るだろうと、彼は唸ることしか出来なかった。何しろ、整然と並んだ家々とそう変わらぬのである。

「じゃあリヒトさん、触ってみてよ。君なら弾かれないと思うから」

 促され、不安げにナレッズを窺ってから、リヒトは渋々と頷いた。

 神の贈り物――とだけあって、この魔晶石は特殊である。この国と時間を守るためだけに存在すると言って過言でない。

 触れた者が王族に対し害意を抱いていたり、或いは度を越した野心に燃えている場合、その程度によって弾かれる。いわゆる騎士の選定の、絶対的な基準である。

 弾かれる――の意味を問うても、騎士は曖昧に笑うだけだった。

 恐る恐る手を伸ばした彼は、触れた皮膚から熱の奪われる感覚に唾を呑んだ。

 数秒の静寂が満ちる。

「――おめでとう。もう離して大丈夫」

「マジでか? 突然死んだりしねえ?」

 不安げに緑の瞳を揺らめかせる青年を見て、ナレッズは一瞬だけ驚いたように表情を崩してから、苦笑した。

「大丈夫だよ。騎士の名誉にかけて、俺は嘘なんて吐かない」

「そんなら、良いんだけどさ。この年で死ぬのだけは勘弁してほしいぜ」

「弾かれる人なんて少ないって言っただろ」

「その少ないに入らない自信がねえよ。俺。何せサボり魔だったし」

 悪行を吐露して、心底安堵したような弱り果てた声音を上げた彼に、ナレッズが更に苦笑を濃くする。騎士の裏切りとはそんな生易しいものではないとだけ付け加えて、息を吐く英雄を見上げた。

 城下は一通り回った。

 となれば、後は昨日から一度も空腹を訴えない彼に、無理矢理にでも昼食を摂らせるだけである。

「じゃあ、城に帰ろう。そしたら君は昼食なわけだけど――昨日から何も食べてなくて、お腹空かない?」

「あ――そういや食ってねえ、か」

 虚を突かれたように目を見開いたリヒトが、小さく声を上げる。

「意識したら減った。超減った」

「部屋にいれば運ばれてくるよ。絶品の肉料理」

「よし、帰ろう」

 即答だった。

 とても空腹だとは思えない身のこなしで――或いは空腹である故か、彼は先程苦心していた人波をいともたやすく乗り越えて、ナレッズの視界から消えた。

「――空いたのは分かるんだけどさ」

 取り残されて呟く彼は、その背に小さな黒い令嬢を重ねて、溜息を吐いた。
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