R∃SOLUTION
やたらと量の多い食事を終えて、しばらくは動けなかった。
腹ごなしに城下へ繰り出そうとして、そういえば自分には許可がなかったのだと気付く。結局のところ、行き場は屯所しかない。
果たして、先日と同じようにそこに立っていた女騎士が、彼を振り向いて小さく笑う。
格好は騎士服である。美しい銀の髪は、縛って右側に流してある。左手に握った剣は長く、よく見ると柄に細やかな装飾が施してあった。
「さっきまで、お前と同年代の奴と訓練をしていたんだが――残念だな」
今は魔術許可区域に言っていると彼女は肩を竦めた。
「そんなのあんだ」
「魔術の訓練は、そこ以外では禁止されている。お前もいずれ世話になるだろうから、行ってみてもいいとは思うぞ」
「オーライ。ヴィルクスは行かねえの?」
「団長の認可が必要なんだ」
「それじゃ面倒だろうな」
ヴィルクスが大きく頷く。
それから、思い出したように声を上げた。
「昼飯はどうだった。ここのワインは絶品らしいぞ」
返答に詰まる。何しろ味わったわけではない。空腹を満たすためだけの食事など永遠に摂ることはないと思っていた彼だったが、そう思った三日後にこんな事態に陥っているのは、由々しき問題である気がした。
「らしい、って、ヴィルクスは飲んだことねえのか?」
言葉尻を捕まえて話題を逸らす。
律儀な騎士は小さく唸って、緑の視線を草が茂る地面へ落とした彼に気付く様子もなく、首を捻った。
「飲んだんだが」
「おう」
「私は酔うのが好きなだけであって、味の方は分からんのだ」
ついでに――真っ直ぐな青い目を閉じて、彼女は続ける。
「ここ以外で酒を飲む機会も、ろくにない。飲んだとしても宴会の席の上等なものであって」
「あって?」
「上等なものは、ベウリス産と相場が決まっている」
茶目っ気を含んだ笑い声を漏らし、彼女は片目だけを開いてみせる。
その後方から駆けてくる人影に目を移したリヒトに、彼女もふと表情を崩して振り返った。
彼女の横に辿り着くや、騎士服を纏う青年が破顔する。
「戻ってきたのか」
「はいっす! つか、魔術場が混みすぎてて何も出来ませんでしたよ」
苦笑した彼の色素の薄い髪は、一見すると橙色にも見えた。柔らかな印象を強める猫毛は、一つに纏められて尚、あらぬ方向に踊っている。
リヒトと大差のない背丈であるが、細身ながらも筋肉質な体つきから、見上げるような感覚を覚えた。
「あ――ええと、リヒトさん、ですよね」
彼の黒い瞳がリヒトを見据えた。頷く英雄に安堵の表情を浮かべて、彼は姿勢を正して深々と礼をする。
「メイティアークレイ・ジルデガルドです。長い名前ですから、お好きにお呼び下さい」
「オーケー。俺は、知っての通りだと思うけど、リヒト・エーヴェルシュタイン。よろしくな――ええと」
さてどう呼んだものか。眉間に皺を寄せた彼に、落ち着いた女の声が届いた。
「私はジルデガルドと呼んでいるが、皆の方は」
「ヴィルクスさん! それは言わないで下さいよ!」
「何故だ。可愛いだろうに、あの呼び名」
勘弁してくださいと懇願するジルデガルドを見ては、期待も募るばかりである。好奇心に染まったリヒトの目を見て、ヴィルクスが小さく笑う。
「良いじゃないか。どう呼ぶかはエーヴェルシュタインの勝手だろう」
「そりゃ、そうですけど。出来る限り男らしく呼ばれよう作戦を展開してるんですからね、俺」
「もう手遅れだと思うが」
「それは言わないでください。心が折れます」
堪忍したとばかりに、橙色の髪をした青年がリヒトを見た。
「――皆は、ジルって呼んでます。女名なんで、出来るだけやめてくださいね」
「なるほどな。じゃあよろしく、ジル」
「何でそうなったんですか! 俺の話を聞いてください!」
「そんなに厭なら、私から提案が一つあるぞ」
二人が同時に見据えた先、銀髪の女騎士は、左手に剣を携えたままで心底楽しそうに笑ってみせた。
「ジルデガルド、私と模擬戦をしよう。お前が勝ったらお前の好きに呼ばせる権利をやる。私が勝ったらジルで決定だ」
いいだろうエーヴェルシュタイン。その言葉に頷いた彼の隣で、ジルデガルドは情けない悲鳴を上げた。
腹ごなしに城下へ繰り出そうとして、そういえば自分には許可がなかったのだと気付く。結局のところ、行き場は屯所しかない。
果たして、先日と同じようにそこに立っていた女騎士が、彼を振り向いて小さく笑う。
格好は騎士服である。美しい銀の髪は、縛って右側に流してある。左手に握った剣は長く、よく見ると柄に細やかな装飾が施してあった。
「さっきまで、お前と同年代の奴と訓練をしていたんだが――残念だな」
今は魔術許可区域に言っていると彼女は肩を竦めた。
「そんなのあんだ」
「魔術の訓練は、そこ以外では禁止されている。お前もいずれ世話になるだろうから、行ってみてもいいとは思うぞ」
「オーライ。ヴィルクスは行かねえの?」
「団長の認可が必要なんだ」
「それじゃ面倒だろうな」
ヴィルクスが大きく頷く。
それから、思い出したように声を上げた。
「昼飯はどうだった。ここのワインは絶品らしいぞ」
返答に詰まる。何しろ味わったわけではない。空腹を満たすためだけの食事など永遠に摂ることはないと思っていた彼だったが、そう思った三日後にこんな事態に陥っているのは、由々しき問題である気がした。
「らしい、って、ヴィルクスは飲んだことねえのか?」
言葉尻を捕まえて話題を逸らす。
律儀な騎士は小さく唸って、緑の視線を草が茂る地面へ落とした彼に気付く様子もなく、首を捻った。
「飲んだんだが」
「おう」
「私は酔うのが好きなだけであって、味の方は分からんのだ」
ついでに――真っ直ぐな青い目を閉じて、彼女は続ける。
「ここ以外で酒を飲む機会も、ろくにない。飲んだとしても宴会の席の上等なものであって」
「あって?」
「上等なものは、ベウリス産と相場が決まっている」
茶目っ気を含んだ笑い声を漏らし、彼女は片目だけを開いてみせる。
その後方から駆けてくる人影に目を移したリヒトに、彼女もふと表情を崩して振り返った。
彼女の横に辿り着くや、騎士服を纏う青年が破顔する。
「戻ってきたのか」
「はいっす! つか、魔術場が混みすぎてて何も出来ませんでしたよ」
苦笑した彼の色素の薄い髪は、一見すると橙色にも見えた。柔らかな印象を強める猫毛は、一つに纏められて尚、あらぬ方向に踊っている。
リヒトと大差のない背丈であるが、細身ながらも筋肉質な体つきから、見上げるような感覚を覚えた。
「あ――ええと、リヒトさん、ですよね」
彼の黒い瞳がリヒトを見据えた。頷く英雄に安堵の表情を浮かべて、彼は姿勢を正して深々と礼をする。
「メイティアークレイ・ジルデガルドです。長い名前ですから、お好きにお呼び下さい」
「オーケー。俺は、知っての通りだと思うけど、リヒト・エーヴェルシュタイン。よろしくな――ええと」
さてどう呼んだものか。眉間に皺を寄せた彼に、落ち着いた女の声が届いた。
「私はジルデガルドと呼んでいるが、皆の方は」
「ヴィルクスさん! それは言わないで下さいよ!」
「何故だ。可愛いだろうに、あの呼び名」
勘弁してくださいと懇願するジルデガルドを見ては、期待も募るばかりである。好奇心に染まったリヒトの目を見て、ヴィルクスが小さく笑う。
「良いじゃないか。どう呼ぶかはエーヴェルシュタインの勝手だろう」
「そりゃ、そうですけど。出来る限り男らしく呼ばれよう作戦を展開してるんですからね、俺」
「もう手遅れだと思うが」
「それは言わないでください。心が折れます」
堪忍したとばかりに、橙色の髪をした青年がリヒトを見た。
「――皆は、ジルって呼んでます。女名なんで、出来るだけやめてくださいね」
「なるほどな。じゃあよろしく、ジル」
「何でそうなったんですか! 俺の話を聞いてください!」
「そんなに厭なら、私から提案が一つあるぞ」
二人が同時に見据えた先、銀髪の女騎士は、左手に剣を携えたままで心底楽しそうに笑ってみせた。
「ジルデガルド、私と模擬戦をしよう。お前が勝ったらお前の好きに呼ばせる権利をやる。私が勝ったらジルで決定だ」
いいだろうエーヴェルシュタイン。その言葉に頷いた彼の隣で、ジルデガルドは情けない悲鳴を上げた。