R∃SOLUTION
005.入団試験、そして
「お早うございまーす」
手を振って破顔する男に軽く頷き、リヒトは城下町を駆けた。
街と森をつなぐ城壁の前で、ジルデガルドは鎧に着替えて立っている。速度を落としながら近づいてくる、英雄であり入団希望者でもある青年を黒い目に映して、彼は頭を下げた。
「すいません、こんな早朝になっちゃって。本当は午後からだったんですけど、討伐隊の任務があって」
「気にするなって昨日も言っただろ。魔物討伐の方が、よっぽど大事なことだしな」
ジルデガルドの所属している魔物討伐隊は、首都であるベウリス付近に出現するものや、地方の強力な統率者の討伐を任務にしている。
黒い霧が作り出している存在である魔物の出現頻度は、当然のことながら霧の発生頻度に依拠する。
とはいえ、霧の被害を免れるために城壁の中にいたのでは、発生の有無も目視はできない。そのために、討伐隊は定期的に外へ出ることになっている。
壁の中にある畑では育てられない果物や木の実の類も、討伐隊が回収してから一般家庭に給付することになっているそうだ。どちらかといえばこの任務の方が重要らしく、昨日のジルデガルドは国民の生活の手助けついでに魔物を狩ると苦笑していた。
本来ならば明日の早朝に発つ予定だった討伐隊は、ベウリスから数十キロ離れた街付近に突然現れた統率者――彼らはそれをシュタインと呼んだ――を狩る為に、急きょ日程を繰り上げた。
「無階級(ヒラ)は辛いですよ。オルダリエみたく階級所有者(ランカー)ならまだしも、断りも出来ませんし」
「ナレッズ、そんなに凄い奴だったのかよ。聞いてねえぜ」
「あいつ言ってないんですか。まあ、ひけらかす性格でもないですけどね。取り敢えず歩きながらでも大丈夫ですか」
頷くリヒトを先導して、彼は同僚に声を掛けながら城門をくぐった。
広がる森の優しい緑は目に悪い。吸い込む空気の香りが口内を満たした。途方もなく続く、舗装されない土を目にするだけで疲弊しそうなリヒトをちらと見遣って、ジルデガルドが笑った。
「じゃ、オルダリエの話はひとまず置いておいて、説明しますね。今回の試験は、騎士養成校の修了試験とほとんど同じ形で行います。とはいえリヒトさんの場合は次元漂流者って扱いですし、普通は魔導結界の中で自由に動いてもらうんですけど、俺が先導させてもらいます」
言いながら、腰に携えた袋を持ち上げる。
「目的は主に適性の検査ですね。養成校では在学中にあらかた把握しちゃうんですけど。ここに入ってる武器――長剣、短剣、槍、鈍器、杖、それから弓。全部使って頂きます。こっちでどの武器に適性が高いか判断しますんで」
「何か、先が長いな」
「そんなこともありませんよ。俺もサポートしますし、適宜休憩もとります。そんで、最終的には向こうの鉱山で魔晶石を採集、帰還で終了です」
「本当に大丈夫か? 無階級って微妙に怖いぞ」
「失礼ですね。これでも武術は主席でしたよ、俺」
唇を尖らせるジルデガルドをひとしきり笑って、リヒトは一つの魔晶石を持ち上げた。
魔力を込めて、昨日教わったばかりの詠唱を口ずさむ。手の中で形を変えたそれは、恐らく長剣――ヴィルクスが使用しているものと同様の形をしていた。
「軽いな。こんなもんなのか、剣って」
「軽量化の魔術が常に発動するようになってますから。質の高い魔晶石なら、そういうことも出来るんです」
ふうんと頷いて、リヒトは昨日のジルデガルドのように、それをくるりと回した。なるほど、使い勝手は最良となっているようである。
「じゃ、行きましょうか」
笑う青年の後を追って、彼は駆けだす。
新緑の香りは、とうに気にならなくなっていた。
手を振って破顔する男に軽く頷き、リヒトは城下町を駆けた。
街と森をつなぐ城壁の前で、ジルデガルドは鎧に着替えて立っている。速度を落としながら近づいてくる、英雄であり入団希望者でもある青年を黒い目に映して、彼は頭を下げた。
「すいません、こんな早朝になっちゃって。本当は午後からだったんですけど、討伐隊の任務があって」
「気にするなって昨日も言っただろ。魔物討伐の方が、よっぽど大事なことだしな」
ジルデガルドの所属している魔物討伐隊は、首都であるベウリス付近に出現するものや、地方の強力な統率者の討伐を任務にしている。
黒い霧が作り出している存在である魔物の出現頻度は、当然のことながら霧の発生頻度に依拠する。
とはいえ、霧の被害を免れるために城壁の中にいたのでは、発生の有無も目視はできない。そのために、討伐隊は定期的に外へ出ることになっている。
壁の中にある畑では育てられない果物や木の実の類も、討伐隊が回収してから一般家庭に給付することになっているそうだ。どちらかといえばこの任務の方が重要らしく、昨日のジルデガルドは国民の生活の手助けついでに魔物を狩ると苦笑していた。
本来ならば明日の早朝に発つ予定だった討伐隊は、ベウリスから数十キロ離れた街付近に突然現れた統率者――彼らはそれをシュタインと呼んだ――を狩る為に、急きょ日程を繰り上げた。
「無階級(ヒラ)は辛いですよ。オルダリエみたく階級所有者(ランカー)ならまだしも、断りも出来ませんし」
「ナレッズ、そんなに凄い奴だったのかよ。聞いてねえぜ」
「あいつ言ってないんですか。まあ、ひけらかす性格でもないですけどね。取り敢えず歩きながらでも大丈夫ですか」
頷くリヒトを先導して、彼は同僚に声を掛けながら城門をくぐった。
広がる森の優しい緑は目に悪い。吸い込む空気の香りが口内を満たした。途方もなく続く、舗装されない土を目にするだけで疲弊しそうなリヒトをちらと見遣って、ジルデガルドが笑った。
「じゃ、オルダリエの話はひとまず置いておいて、説明しますね。今回の試験は、騎士養成校の修了試験とほとんど同じ形で行います。とはいえリヒトさんの場合は次元漂流者って扱いですし、普通は魔導結界の中で自由に動いてもらうんですけど、俺が先導させてもらいます」
言いながら、腰に携えた袋を持ち上げる。
「目的は主に適性の検査ですね。養成校では在学中にあらかた把握しちゃうんですけど。ここに入ってる武器――長剣、短剣、槍、鈍器、杖、それから弓。全部使って頂きます。こっちでどの武器に適性が高いか判断しますんで」
「何か、先が長いな」
「そんなこともありませんよ。俺もサポートしますし、適宜休憩もとります。そんで、最終的には向こうの鉱山で魔晶石を採集、帰還で終了です」
「本当に大丈夫か? 無階級って微妙に怖いぞ」
「失礼ですね。これでも武術は主席でしたよ、俺」
唇を尖らせるジルデガルドをひとしきり笑って、リヒトは一つの魔晶石を持ち上げた。
魔力を込めて、昨日教わったばかりの詠唱を口ずさむ。手の中で形を変えたそれは、恐らく長剣――ヴィルクスが使用しているものと同様の形をしていた。
「軽いな。こんなもんなのか、剣って」
「軽量化の魔術が常に発動するようになってますから。質の高い魔晶石なら、そういうことも出来るんです」
ふうんと頷いて、リヒトは昨日のジルデガルドのように、それをくるりと回した。なるほど、使い勝手は最良となっているようである。
「じゃ、行きましょうか」
笑う青年の後を追って、彼は駆けだす。
新緑の香りは、とうに気にならなくなっていた。