R∃SOLUTION
木漏れ日を反射して、風に吹き飛ばされそうなくらい軽い剣が光る。
しかし、これを地面に転がしたとて、飛ばされることはない。発動者たるリヒトに軽いと思わせる魔力が乗っているだけなのであって、その質量が消えたわけではないのだ。
自分が思っている以上に、魔術というのは複雑で不合理なのかもしれない――と、今更のように彼は思う。
「オルダリエの話ですけど――」
不意に、前を歩いていたジルデガルドが口を開いた。
「ほら、あいつ、細っこくて小さいじゃないですか。騎士には向いてないんですよ、そういう体型って。そんでもって水術師――って、こっちでは女の人に多いんですけど、つまり攻撃には全然向いてないし」
「え、何だ、ナレッズも水術師なのか。俺もだぜ」
「マジですか。今度相談乗ってやって下さい」
俺じゃ悩みは共有できないしと困ったように眉根を寄せて、彼は振り返る。
「昔は体力もない、得物も槍以外はろくに扱えない、なのに座学と魔術は主席だから落とせない――みたいな、まあ、難儀な奴だったんですよ。普通、女も男も、一つくらい使いやすい武器ってあるんですけどね。あいつは全部適性以下で、槍がまだましみたいな部類でしたから」
「本当にからっきしだったんだな、武術」
昨日、槍を軽々と振ってみせていた男が、そんなにも武術に向いていないとは思えなかった。肉体強化を使わずに鉄の塊を振り回しているのである。並みの力ではない。
しかし、ジルデガルドとの言い合いから察するに、嘘ではないのだろう。
その小柄な体躯は間違いなく騎士への道を阻んだろうし、いくら座学と魔術に優れていても、行軍に耐え抜く体力と鎧を背負う力がなくては戦場には立てない。そのような状況に直面したことのないリヒトでも、そのくらいは理解しているつもりだった。
「で、どうしたんだ。地方行き免れてるんだから、どうにかなったんだよな」
「ええ。俺がどうにかしましたよ。座学教えてもらう代わりに――あれ? 俺が武術教える代わりにだったかな。ともかく教え合って」
「そっか。ジル、武術主席だったんだもんな」
「はいっす。もう超疲れましたけどね。次から次へと現れる挑戦者! それをなぎ倒す俺! 無敗伝説打ち立てましたしね。百人抜きです」
未だに俺の名前は受け継がれてますよ――かつて不敗を誇ったという騎士は、人懐こく笑った。
リヒトとしてはこちらも解せない。ジルデガルドは見るからに温厚そうな青年である。見せる表情は人懐っこく、少なくともリヒトの目には、一片の悪意もなく映る。
印象だけで、戦闘が得意そうか否かと問われれば、即座に首を横に振るであろう。
そういう風にさせる雰囲気の男である。
「まあ、それでですね。あいつ、相当頑張ったんです。限界が来ると魔術で治したりしながら――水術師って、そういうとこ良いですよね」
「熟練者になれば毒とか使えるって話だけど、基本は回復要員だしなあ」
リヒトはそもそも術式を知らない。皆の反応から魔力が多いのは認識できたが、発動のために欠かせない詠唱が分からなくては、発動出来るものも出来ないのである。
加えて、回復にしろ毒にしろ、生体に干渉するのが水魔術の最大の特徴だ。技術が求められていることは間違いない。繊細な作業に慣れずして、水魔術を使いこなすことは不可能であろう。
彼はまだその域には達していない。機械にしか魔術を行使してこなかったのだから、当然と言えば当然の話だ。言ってしまえば、彼は二十年間、水魔術と共に生きてきたにも関わらず、その基礎たるものさえ持っていないということになるのだ。
頭の後ろで手を組んだ彼から視線を外し、騎士は続ける。
「で、気が付いたら俺を抜かして、副団長就任までもうちょっとってとこまで上り詰めてました。推薦したのはヴィルクスさんなんですけどね。団長も二人のこと信頼してたみたいで、結構簡単に頷いた――んですけど」
なれませんでしたねと、彼は黒い目を細めた。
「色々あって駄目になっちゃいましたよ。今は討伐隊の副隊長やってます。近々、昇進して近衛騎士になれるかもって言ってました」
「はあ――そんなに簡単に駄目になっちまうことって、あるんだな」
「今回が異例ですよ、異例。団長ってあんまり意見変えない人なんです」
それは――見れば分かることである。
リヒトはオルフェインのことをよく知っているわけではない。只、意志の強さだけは、一度会っただけでも見て取れた。
それだけ、真っ直ぐな人物である――ということなのだろう。
「でも、仕方ないと思います。相手が相手だったし。俺は普通に無階級だし、当事者じゃないんで、そんなことも言ってられますけど――本人からしたら、堪ったもんじゃないでしょうね」
「相手って」
ちらりとリヒトを見て、ジルデガルドは息を吐いた。
「単純に、物凄く強いんですよ。座学も、魔術も、武術も、その他も。全部主席です。入団直後の演習で、本気のヴィルクスさんと渡り合ったような奴は、初めて見ました」
僅かに口調に棘があった。
「そりゃあ、認めざるを得ませんって。何か内政のごたごたも絡んでたみたいですけど――それにしたって、規格外です」
「それは、何というか、気の毒だったな」
「運が悪いとか、そういう次元じゃないですよね」
事実、その通りである。
実力が足りなかっただとか、運が悪かっただとか――そうやって諦めきれるものではない。あまりにも差がありすぎる。
ヴィルクスの実力はその目で見た。目の前の青年の言は嘘ではないのだろうし、だとすれば、彼女は騎士養成校で無敗を誇った男を、肉体強化もなしに、軽々といなしてみせたことになる。
その彼女に本気を出させ、挙句に渡り合ったというのだから、最早リヒトの想像には及ばない範疇の話である。
「それでも理想がヴィルクスさんであることに変わりはないんで、俺はいいんですけど」
「何だ、目標にしてんの」
「目標なんて、そんな、おこがましいことしてませんよ! 理想です、理想」
ジルデガルドの目の色が変わった。何か触れてはいけないところだったのかもしれないと後ずさるも、既に遅い。
「強く、凛々しく、美しく! 時に厳しく時に優しく、後進を導く良き先輩! ヴィルクスさんこそ理想の騎士なんですよ、皆そう思ってると思いますけど、それにしたってそういう人が少なすぎると思うんですよね。地方の騎士なんて街の自警団相手にストレス発散するような野郎も多いですし、やっぱ監視が行き届かないだけそういうのもあるんでしょうけど。ああいうところにこそヴィルクスさんみたいな人が――」
「分かった、分かったから! 早くしないと出立に間に合わねえぜ!」
近衛騎士についてひたすら捲し立てるジルデガルドに、本来の目的を思い出させるため、リヒトはそう叫んで、右手の剣を軽く振って見せたのだった。
しかし、これを地面に転がしたとて、飛ばされることはない。発動者たるリヒトに軽いと思わせる魔力が乗っているだけなのであって、その質量が消えたわけではないのだ。
自分が思っている以上に、魔術というのは複雑で不合理なのかもしれない――と、今更のように彼は思う。
「オルダリエの話ですけど――」
不意に、前を歩いていたジルデガルドが口を開いた。
「ほら、あいつ、細っこくて小さいじゃないですか。騎士には向いてないんですよ、そういう体型って。そんでもって水術師――って、こっちでは女の人に多いんですけど、つまり攻撃には全然向いてないし」
「え、何だ、ナレッズも水術師なのか。俺もだぜ」
「マジですか。今度相談乗ってやって下さい」
俺じゃ悩みは共有できないしと困ったように眉根を寄せて、彼は振り返る。
「昔は体力もない、得物も槍以外はろくに扱えない、なのに座学と魔術は主席だから落とせない――みたいな、まあ、難儀な奴だったんですよ。普通、女も男も、一つくらい使いやすい武器ってあるんですけどね。あいつは全部適性以下で、槍がまだましみたいな部類でしたから」
「本当にからっきしだったんだな、武術」
昨日、槍を軽々と振ってみせていた男が、そんなにも武術に向いていないとは思えなかった。肉体強化を使わずに鉄の塊を振り回しているのである。並みの力ではない。
しかし、ジルデガルドとの言い合いから察するに、嘘ではないのだろう。
その小柄な体躯は間違いなく騎士への道を阻んだろうし、いくら座学と魔術に優れていても、行軍に耐え抜く体力と鎧を背負う力がなくては戦場には立てない。そのような状況に直面したことのないリヒトでも、そのくらいは理解しているつもりだった。
「で、どうしたんだ。地方行き免れてるんだから、どうにかなったんだよな」
「ええ。俺がどうにかしましたよ。座学教えてもらう代わりに――あれ? 俺が武術教える代わりにだったかな。ともかく教え合って」
「そっか。ジル、武術主席だったんだもんな」
「はいっす。もう超疲れましたけどね。次から次へと現れる挑戦者! それをなぎ倒す俺! 無敗伝説打ち立てましたしね。百人抜きです」
未だに俺の名前は受け継がれてますよ――かつて不敗を誇ったという騎士は、人懐こく笑った。
リヒトとしてはこちらも解せない。ジルデガルドは見るからに温厚そうな青年である。見せる表情は人懐っこく、少なくともリヒトの目には、一片の悪意もなく映る。
印象だけで、戦闘が得意そうか否かと問われれば、即座に首を横に振るであろう。
そういう風にさせる雰囲気の男である。
「まあ、それでですね。あいつ、相当頑張ったんです。限界が来ると魔術で治したりしながら――水術師って、そういうとこ良いですよね」
「熟練者になれば毒とか使えるって話だけど、基本は回復要員だしなあ」
リヒトはそもそも術式を知らない。皆の反応から魔力が多いのは認識できたが、発動のために欠かせない詠唱が分からなくては、発動出来るものも出来ないのである。
加えて、回復にしろ毒にしろ、生体に干渉するのが水魔術の最大の特徴だ。技術が求められていることは間違いない。繊細な作業に慣れずして、水魔術を使いこなすことは不可能であろう。
彼はまだその域には達していない。機械にしか魔術を行使してこなかったのだから、当然と言えば当然の話だ。言ってしまえば、彼は二十年間、水魔術と共に生きてきたにも関わらず、その基礎たるものさえ持っていないということになるのだ。
頭の後ろで手を組んだ彼から視線を外し、騎士は続ける。
「で、気が付いたら俺を抜かして、副団長就任までもうちょっとってとこまで上り詰めてました。推薦したのはヴィルクスさんなんですけどね。団長も二人のこと信頼してたみたいで、結構簡単に頷いた――んですけど」
なれませんでしたねと、彼は黒い目を細めた。
「色々あって駄目になっちゃいましたよ。今は討伐隊の副隊長やってます。近々、昇進して近衛騎士になれるかもって言ってました」
「はあ――そんなに簡単に駄目になっちまうことって、あるんだな」
「今回が異例ですよ、異例。団長ってあんまり意見変えない人なんです」
それは――見れば分かることである。
リヒトはオルフェインのことをよく知っているわけではない。只、意志の強さだけは、一度会っただけでも見て取れた。
それだけ、真っ直ぐな人物である――ということなのだろう。
「でも、仕方ないと思います。相手が相手だったし。俺は普通に無階級だし、当事者じゃないんで、そんなことも言ってられますけど――本人からしたら、堪ったもんじゃないでしょうね」
「相手って」
ちらりとリヒトを見て、ジルデガルドは息を吐いた。
「単純に、物凄く強いんですよ。座学も、魔術も、武術も、その他も。全部主席です。入団直後の演習で、本気のヴィルクスさんと渡り合ったような奴は、初めて見ました」
僅かに口調に棘があった。
「そりゃあ、認めざるを得ませんって。何か内政のごたごたも絡んでたみたいですけど――それにしたって、規格外です」
「それは、何というか、気の毒だったな」
「運が悪いとか、そういう次元じゃないですよね」
事実、その通りである。
実力が足りなかっただとか、運が悪かっただとか――そうやって諦めきれるものではない。あまりにも差がありすぎる。
ヴィルクスの実力はその目で見た。目の前の青年の言は嘘ではないのだろうし、だとすれば、彼女は騎士養成校で無敗を誇った男を、肉体強化もなしに、軽々といなしてみせたことになる。
その彼女に本気を出させ、挙句に渡り合ったというのだから、最早リヒトの想像には及ばない範疇の話である。
「それでも理想がヴィルクスさんであることに変わりはないんで、俺はいいんですけど」
「何だ、目標にしてんの」
「目標なんて、そんな、おこがましいことしてませんよ! 理想です、理想」
ジルデガルドの目の色が変わった。何か触れてはいけないところだったのかもしれないと後ずさるも、既に遅い。
「強く、凛々しく、美しく! 時に厳しく時に優しく、後進を導く良き先輩! ヴィルクスさんこそ理想の騎士なんですよ、皆そう思ってると思いますけど、それにしたってそういう人が少なすぎると思うんですよね。地方の騎士なんて街の自警団相手にストレス発散するような野郎も多いですし、やっぱ監視が行き届かないだけそういうのもあるんでしょうけど。ああいうところにこそヴィルクスさんみたいな人が――」
「分かった、分かったから! 早くしないと出立に間に合わねえぜ!」
近衛騎士についてひたすら捲し立てるジルデガルドに、本来の目的を思い出させるため、リヒトはそう叫んで、右手の剣を軽く振って見せたのだった。