R∃SOLUTION
003.神の居城
使命
光を透く金色の髪と、髪と同色にも見えるダークオレンジの瞳。
豪奢なドレスに似つかわしくない、可愛らしい顔をした目の前の少女が、女王などという責務についていることを、リヒトは信じる気になれなかった。
恐らく彼よりは幾分か年下なのだろう――ということだけは、見た目から感じ取れる。しかしその顔立ちとは対照的に、雰囲気は落ち着いている。
リヒトは只漠然と、こういうのをミスマッチと言うのだろうと思った。
「ようこそ、リタールへ。お待ちしておりました」
深々と頭を下げたヴェルカと名乗った女王のフルネームを、頭の中で繰り返す。
ヴェルカ・ディース・フィユ・リタール。
実に大仰な名前である。
リヒトのファミリーネームも長いと揶揄されたものだったが、彼女が彼の世界に来てしまった暁には、一生そのことでとやかく言われるのだろう。
「お疲れのところを申し訳ございませんが、状況の説明を――」
ふと、橙色の瞳が彼を見た。
「――どうかなされましたか?」
先ほどから落ち着かない様子のリヒトを、彼女は幾度か窺っていた。
訊かれては答えないわけにもいかない。隣の女騎士をちらりと見遣って、声を上げた。
「その、敬語ってどうにかならない、ですか」
「ええと、どういうことでしょう」
いぶかしげに表情を歪めた少女に、遠慮すべきなのかの判断がつかない。
「慣れないというか、ああ、単刀直入に申しますと」
常套句である単刀直入のフレーズだけは、諳んじることができた。敬語の勉強をしておくべきだったと後悔する。
それでいいのかと囁きかけてくる声を振り払い、彼は真っ直ぐに女王を見詰めた。
ヴィルクスが言った通り、彼はここでは大切な客人なのである。
ならば自分の意見を言うことを躊躇うべきではない。
「やめて頂けませんか。そうでないと、俺の方もろくに話せそうにないので」
目を見開いたヴェルカが、困惑したように瞳を揺らした。
隣に立つ宰相――確かウォールズと名乗った男――を呼び寄せ、彼女は二三言葉を交わす。そしてリヒトに向き直ると、微笑を浮かべて頷いて見せる。
「了解しました。貴方にとって最高の環境でお話ができるよう、尽力いたします」
少しばかり砕けた柔らかい口調である。「お願いします」と頭を下げる彼の脇で、跪いた女騎士は苦い顔をしていたが、それは彼の知るところではなかった。
宰相が横を抜けていく。彼の動きを目で追う。
「騎士団に通達をさせているだけですから、お気になさらず」
言って、少女は謁見室の玉座に腰かけた。やはり、華奢な体つきの彼女には似合わない。
「それでは、本題に入りましょう。ヴィック」
愛称を呼ばれて、騎士は立ち上がった。
鋭い双眸でリヒトを見据える。その青い瞳は凛とした光を失うことなく、口許は引き締められたままだった。
視界の端に映った黒髪が、暇そうに体を動かしたのを見た気がした。
豪奢なドレスに似つかわしくない、可愛らしい顔をした目の前の少女が、女王などという責務についていることを、リヒトは信じる気になれなかった。
恐らく彼よりは幾分か年下なのだろう――ということだけは、見た目から感じ取れる。しかしその顔立ちとは対照的に、雰囲気は落ち着いている。
リヒトは只漠然と、こういうのをミスマッチと言うのだろうと思った。
「ようこそ、リタールへ。お待ちしておりました」
深々と頭を下げたヴェルカと名乗った女王のフルネームを、頭の中で繰り返す。
ヴェルカ・ディース・フィユ・リタール。
実に大仰な名前である。
リヒトのファミリーネームも長いと揶揄されたものだったが、彼女が彼の世界に来てしまった暁には、一生そのことでとやかく言われるのだろう。
「お疲れのところを申し訳ございませんが、状況の説明を――」
ふと、橙色の瞳が彼を見た。
「――どうかなされましたか?」
先ほどから落ち着かない様子のリヒトを、彼女は幾度か窺っていた。
訊かれては答えないわけにもいかない。隣の女騎士をちらりと見遣って、声を上げた。
「その、敬語ってどうにかならない、ですか」
「ええと、どういうことでしょう」
いぶかしげに表情を歪めた少女に、遠慮すべきなのかの判断がつかない。
「慣れないというか、ああ、単刀直入に申しますと」
常套句である単刀直入のフレーズだけは、諳んじることができた。敬語の勉強をしておくべきだったと後悔する。
それでいいのかと囁きかけてくる声を振り払い、彼は真っ直ぐに女王を見詰めた。
ヴィルクスが言った通り、彼はここでは大切な客人なのである。
ならば自分の意見を言うことを躊躇うべきではない。
「やめて頂けませんか。そうでないと、俺の方もろくに話せそうにないので」
目を見開いたヴェルカが、困惑したように瞳を揺らした。
隣に立つ宰相――確かウォールズと名乗った男――を呼び寄せ、彼女は二三言葉を交わす。そしてリヒトに向き直ると、微笑を浮かべて頷いて見せる。
「了解しました。貴方にとって最高の環境でお話ができるよう、尽力いたします」
少しばかり砕けた柔らかい口調である。「お願いします」と頭を下げる彼の脇で、跪いた女騎士は苦い顔をしていたが、それは彼の知るところではなかった。
宰相が横を抜けていく。彼の動きを目で追う。
「騎士団に通達をさせているだけですから、お気になさらず」
言って、少女は謁見室の玉座に腰かけた。やはり、華奢な体つきの彼女には似合わない。
「それでは、本題に入りましょう。ヴィック」
愛称を呼ばれて、騎士は立ち上がった。
鋭い双眸でリヒトを見据える。その青い瞳は凛とした光を失うことなく、口許は引き締められたままだった。
視界の端に映った黒髪が、暇そうに体を動かしたのを見た気がした。