R∃SOLUTION
数分も経たないうちに、ヴィルクスは足を止めた。
「こちらが、王国リタールの首都、ベウリスでございます」
目の前にそびえ立つ城壁を見上げていたリヒトは、素早く顔を彼女に向ける。城門に気を取られるあまり、その言葉を聞き逃したのだった。
再度同じ台詞を繰り返したヴィルクスの後を継いで、フィルギアが口を開く。
「凄いだろ? こいつの防御性は世界一だ。この街の二番目の自慢だな」
「一番じゃねえのか」
「おう。中に入りゃ分かるこったな」
そう言って彼女が指差した先、知らぬ間に移動していたヴィルクスが、城門に立つ騎士と何やら会話をしている。
「行こうぜ」フィルギアが笑った。「あんたも疲れたんじゃねえ?」
確かに、覚醒してからそう時間が経っているようには思えないというのに、心身ともに疲弊しきっている。
自分の適応力にはある程度の自信を持っていたリヒトだったが、今回のことは考えてすらみなかった事態である。疲労も致し方ない、というのが率直な感想だった。
素直に頷いて、フィルギアに従う。ある程度まで近づいたところで、金の髪を持つ騎士はこちらに気付いたようだった。
「よくぞご無事で」
恭しく頭を下げる彼から目を逸らし、フィルギアはおうとだけ声を上げた。すぐに顔を上げた彼の緑がかった青い瞳が、まじまじとリヒトを見詰める。
「例の、主の呼んだ客人だ。お前の仕事だぞ」
沈黙を破ったのは、リヒトでも騎士でもなかった。
ヴィルクスの咎めるような声に返事をして、彼は無言のままリヒトへ頭を下げる。そのまま慌ただしく駆けて行った青年の後姿を見送り、リヒトは促されるままに城門をくぐった。
まず目に入ったのは、巨大な時計である。
凝った造形の時計塔が建っていた。かなり距離があるというのに、はっきりと数字さえ見て取れる。
その上方にはこれまた巨大な鐘がある。ふと、教科書で見た「教会」という言葉が頭をよぎった。
「あれが、この街の象徴です。時の神の居城とされるリタール王国の、あの時計が、全ての時間を管理しています」
少しばかり誇らしげな声音でもって、女騎士が告げる。青年は思わず感嘆の息を漏らした。
彼とて大がかりな時計は見慣れていたが、導線の灰色やモーターの駆動音を伴わない、芸術品に近いものは見たことがない。装飾を嫌うむき出しの無機質と顔を突き合わせてきた彼にとっては、このいかにも「前時代」的な時計塔が、世界中の時間を管理できているようには思えなかった。
「やっぱ魔法、ですよね?」
「はい。永久に駆動し続けます。その原動力となっているものがあちらの広場にございますが――」
それは後程に致しましょう、とヴィルクスは頭を垂れた。
彼女が示した大通りには人が溢れている。立ち並ぶ煉瓦造りの家屋が不思議に思えた。
まるで教科書の中である。
「それでは、我が主――この国の女王のもとへ参りましょう。そちらで詳しい説明を致します」
「女王って」
「そんな怖い奴じゃねえよ。安心しろって」
顔をひきつらせたリヒトに、フィルギアの笑いが響いた。
女王という語感が、彼にとっては恐ろしいのである。理由自体は判然としないが、ともかく、何とはなしに近づきたくないというのが実情だった。
そう言ったところで逃げ出すわけにもいかず、彼は了解しましたと頷いた。
「申し訳ございませんが、エーヴェルシュタイン様。一つだけお願いがございます」
ファミリーネーム、それも様付けである。体の重心が定まらないような感覚に視線が泳ぐ。
「敬語はお使いにならない方がよろしいかと。貴方様はここでは大切なお客人なのですから」
彼の口は、もはや塞がれたも同然だった。
「こちらが、王国リタールの首都、ベウリスでございます」
目の前にそびえ立つ城壁を見上げていたリヒトは、素早く顔を彼女に向ける。城門に気を取られるあまり、その言葉を聞き逃したのだった。
再度同じ台詞を繰り返したヴィルクスの後を継いで、フィルギアが口を開く。
「凄いだろ? こいつの防御性は世界一だ。この街の二番目の自慢だな」
「一番じゃねえのか」
「おう。中に入りゃ分かるこったな」
そう言って彼女が指差した先、知らぬ間に移動していたヴィルクスが、城門に立つ騎士と何やら会話をしている。
「行こうぜ」フィルギアが笑った。「あんたも疲れたんじゃねえ?」
確かに、覚醒してからそう時間が経っているようには思えないというのに、心身ともに疲弊しきっている。
自分の適応力にはある程度の自信を持っていたリヒトだったが、今回のことは考えてすらみなかった事態である。疲労も致し方ない、というのが率直な感想だった。
素直に頷いて、フィルギアに従う。ある程度まで近づいたところで、金の髪を持つ騎士はこちらに気付いたようだった。
「よくぞご無事で」
恭しく頭を下げる彼から目を逸らし、フィルギアはおうとだけ声を上げた。すぐに顔を上げた彼の緑がかった青い瞳が、まじまじとリヒトを見詰める。
「例の、主の呼んだ客人だ。お前の仕事だぞ」
沈黙を破ったのは、リヒトでも騎士でもなかった。
ヴィルクスの咎めるような声に返事をして、彼は無言のままリヒトへ頭を下げる。そのまま慌ただしく駆けて行った青年の後姿を見送り、リヒトは促されるままに城門をくぐった。
まず目に入ったのは、巨大な時計である。
凝った造形の時計塔が建っていた。かなり距離があるというのに、はっきりと数字さえ見て取れる。
その上方にはこれまた巨大な鐘がある。ふと、教科書で見た「教会」という言葉が頭をよぎった。
「あれが、この街の象徴です。時の神の居城とされるリタール王国の、あの時計が、全ての時間を管理しています」
少しばかり誇らしげな声音でもって、女騎士が告げる。青年は思わず感嘆の息を漏らした。
彼とて大がかりな時計は見慣れていたが、導線の灰色やモーターの駆動音を伴わない、芸術品に近いものは見たことがない。装飾を嫌うむき出しの無機質と顔を突き合わせてきた彼にとっては、このいかにも「前時代」的な時計塔が、世界中の時間を管理できているようには思えなかった。
「やっぱ魔法、ですよね?」
「はい。永久に駆動し続けます。その原動力となっているものがあちらの広場にございますが――」
それは後程に致しましょう、とヴィルクスは頭を垂れた。
彼女が示した大通りには人が溢れている。立ち並ぶ煉瓦造りの家屋が不思議に思えた。
まるで教科書の中である。
「それでは、我が主――この国の女王のもとへ参りましょう。そちらで詳しい説明を致します」
「女王って」
「そんな怖い奴じゃねえよ。安心しろって」
顔をひきつらせたリヒトに、フィルギアの笑いが響いた。
女王という語感が、彼にとっては恐ろしいのである。理由自体は判然としないが、ともかく、何とはなしに近づきたくないというのが実情だった。
そう言ったところで逃げ出すわけにもいかず、彼は了解しましたと頷いた。
「申し訳ございませんが、エーヴェルシュタイン様。一つだけお願いがございます」
ファミリーネーム、それも様付けである。体の重心が定まらないような感覚に視線が泳ぐ。
「敬語はお使いにならない方がよろしいかと。貴方様はここでは大切なお客人なのですから」
彼の口は、もはや塞がれたも同然だった。