スイート・プロポーズ
「昼間、何かあったのか?」

 先に口を開いたのは、夏目だった。円花を真っ直ぐと見つめている。

「別に、何も……」

 何もなかったわけじゃない。
 だが、夏目に言うべきことは何もない。
 そういう意味で答えたが、夏目がその真意に気づくはずがない。円花は目を逸らしてしまっている。

「帰る時、泣きそうな顔をしてたようだから……」

 エレベーターの時のことを言っているのだろう。確かに、気を抜いたら涙が流れたかも。
 けど、現実には泣いていない。

「気のせいですよ」

 笑顔で否定してみたが、夏目は納得していないようだ。ベッドに座る円花の隣に、移動する。

「……大丈夫か?」

 円花は気づいていないだろうが、今の自分の表情は、あまりにも暗い。先程向けた笑顔も、無理しているのが分かるほど。
 それに気づかない程、夏目は鈍感じゃない。

「ちょっと、考え込んでしまって……」

 嘘は言っていない。本当のことを言うわけにはいかないから。
 今の自分は、中身がぐちゃぐちゃだ。相反するふたつの感情が、自分の中で駆け回っている。
 それを口にすれば、少しは楽になるのだろうか?

「あの……」

「ん?」

 隣の夏目を見上げてみるが、やっぱり言えない。言いたくない。
 こんなぐちゃぐちゃな自分を、知られたくない。勝手だと言われてもいい。
 夏目の中の【小宮 円花】は、綺麗なままでいてほしいのだ。

「な、なんでもないです……」

「円花、話して楽になることもある。こうして直接、話を聞ける機会も少なくなるんだ。俺に甘えてほしい」

「……その、あの……」

 夏目に見つめられて、円花は泣きそうになった。

< 279 / 294 >

この作品をシェア

pagetop