君に、溢れるほどの花を
双子がいなくなって暇になった雨流は、咲月に渡された本とは別に、自分で持ってきていた本を読むことにした。


そうして、五行ほど読み進めたころだった。
リィン、と鈴の音のようなものが聞こえた気がしたのは。

雨流は本から顔を上げ、あたりを見回した。

目に映るのは、早い時間帯のせいかほぼ貸切状態の電車内。
聞こえるのは、ガタン、ガタンと走る電車の音。

とくに変わったところはなく。
気のせいかと、雨流は再び本に視線を落とす。


しかしさほど読み進める間もなく、雨流は耐えがたいほどの眠気に襲われた。


(そーいえば、寝たのって・・・)


よくよく考えてみれば、雨流が眠ったのはわずかに三時間程度。
ああ、なるほど、と思う間にも意識は急速に遠のいていき―――。

やがて、かくん、と雨流は完全に眠りに落ちてしまった。







リィン、と聞き覚えのある音に、雨流はふっと目を開けた。


(・・・?まだ、夢の中・・・?)


ぐるりと見回してみても、目に映るのは白、白、白。
そこは、ただひたすらに真っ白い空間が広がる場所だった。


(なに、ここ?不自然に白すぎ・・・広いのか、狭いのかも、よくわからない)


「・・・ん。これは、夢・・・夢だ」


雨流は、今のこの状況を夢と仮定・・・断定して、とりあえず立ち上がり、歩いてみることにした。


・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。


(白い・・・)


いくら歩いてもどこにもぶつからず、なんの変化もない。
雨流は早々に諦めて、その場に座り込んだ。


(疲れた・・・夢、なのに)


そのとき、また聞こえてきた。

リィン、と。

今までよりも、はっきりと。

それはまるで、こっちに来いと呼んでいるようで。

気づけば、雨流はその音のほうへと歩き出していた。



そうして、どれくらい歩いただろうか。
この白すぎる空間の中にあっても、眩しいと思えるほどの光が見えてきた。

出口かもしれない。

ようやく表れた変化に、雨流は眩しさを堪えつつ、走ってその光を潜り抜ける。
その瞬間、リィィインンン、と一際大きく鈴の音が頭の中に響いた。

それと同時に、昨日咲月と話していたときのことが蘇ってきた。
あのとき感じた「戻れなくなる」という思いが、再びじわりと胸を満たし始める。

そうして気づく。
これは――この鈴の音は、奪う音だ、と。

雨流がなによりも求めて止まない、平穏で平凡な日常を、壊す音。


もう、戻れない。



――涼やかに響くその音は、容赦なく日常の終わりを告げる。





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