君に、溢れるほどの花を
「時は来てしまった。いよいよ叔母さんたちも、なり振りかまわず仕掛けてくるだろうさ」


目を逸らしたい。
耳を塞ぎたい。
これ以上聞いてはいけない。

そう、思うのに。

そのあまりにも強い眼差しに絡め捕られてしまったようで、動けない。
逃げようとする思考が、ほろほろと解けていく。


「この場所ももう鉄壁とは言えない。もって一日二日といったところだろうね」


そこで、咲月はなにを思ったのか、ぽんっと雨流の頭に優しく手を置いた。
まるで、安心しろとでも言うように。


「大丈夫さ。とりあえず今日一日は、なんとかなる。だから今日だけは、なにも心配せずゆっくりお休み」


そのままくしゃくしゃと頭を撫でられた。


(・・・子供扱い)


咲月とは十も年が離れているし、当然と言えば当然かもしれない。
雨流は諦め混じりにそっとため息をついた。



いつの間にか、あの逃げたくなるような嫌な空気は消えていた。





「月姉、明日からは?」


咲月は、「今日一日はなんとかなる」と言った。
その後に「今日だけは」とも言っていることからして、明日にはここを出るつもりなのだろう。

咲月は、雨流の突然で短い質問に戸惑うことなく答えた。


「ああ。まあ、この事態をまったく予期していなかったわけではないからね。手は打ってあるよ」


どうやら詳しく話す気はないようで、咲月はくるりと背を向けると、扉のあるほうへすたすたと歩き出した。
と思ったら途中で立ち止まり、わずかに振り返って、


「明日は朝早いからね。あたしのことは待たず、さっさと寝ること。いいね」


言うだけ言うと、もう振り返ることなく咲月は本棚の向こうへと消えてしまい。
少しして、扉の閉じる音がかすかに聞こえた。




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