水晶の少年 【第一幕 完結】※続編「SEASON」 

21.気になる少女 氷雨の彼女 -由貴-



氷雨が学校にも登校せず、
家にも帰ってこなくってもうすぐ三週間。


11月下旬。
氷雨から着信のあった一本の電話は、
『桜ノ宮サナトリウムにいってほしい』と言う用件。

氷雨の願い通りバイトと学校と教会の合間に
私はあの日から、
何度となく彼女、春宮さんのもとへと通っていた。


勿論、時雨には彼女のもとを訪ねている時も
教会に顔を出している時も、バイトと偽りながら。


そんな罪悪感を抱えながらも、
『バイト』と言う言葉を前面に出すと
時雨は素直に受け止めてくれる。



これから行こうとするその夢の先。

医大と言うところに通うのにも、
生活費を維持するのも大変だから。


学校が忙しくなると、アルバイトも出来なくなるから、
その前に今、頑張ってまとまったお金を作っておきたいんだと
そんな風に時雨に切りだしてしまえば、
時雨が私のバイトを止めることも出来なくなる。


そのバイトと言う一人の時間を過ごすための
もっともらしい理由であり、なおかつ時雨を不快にさせない理由。

そんなずる賢さを心に押し隠して、
私はその日も、時間の合間を見計らって桜ノ宮サナトリウムへと足を向けた。


大きな門の前、カメラのある場所に向かって
静かに一礼すると、門がゆっくりと開いていく。


車のロータリーも兼ねた、庭園が広がって
その奥に、サナトリウムの建物入口のガラス扉。



「いらっしゃいませ。
 氷室さま」


そうエントランスに
踏み入れた私に声をかけたのは、
春宮さんのお世話を担う、今井さんと言う名のスタッフ。


「連絡もなく突然すいません。
 春宮さんはお帰りですか?」

「はいっ、先ほど学校よりお戻りになられまして
 今は和花お嬢様と御一緒に、お部屋でお茶をされています。

 ご案内いたします」


そう言うと今井さんは、私を誘導するように
建物の中をエスコートして、
何度お邪魔した彼女の部屋のドアを静かにあけて一礼する。


「妃彩さま、和花お嬢様、お客様がお見えになりました」

「今井、氷雨が来たの?」


そう言って嬉しそうに声を弾ませたものの、
顔を覗かせたのは私で、一瞬のうちに表情がかげる。


だけど陰った表情もほんの少しで、
深く彼女を見ていないとわからないくらいのレベルで
春宮さんは笑顔を含ませた表情で、
「氷室さん」っと私の名前を呼んだ。

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