大嫌い。でも…ほんとは好き。(旧題:ラブ・ストリーミング) 番外編
「やあ、小鹿ちゃん。近頃どう?」
その日の午後、白いタキシードにも見えるような明るいスーツを着て、吉井が現れた。
スカウトをしたくてライバル会社にふらりとやって来るもんだから、肝っ玉が座っているのか、単なる奇人変人なのかは分からない、と矢野は思う。
「こんにちは。お世話になってます」
芽衣がバカ素直に受け答えすると、吉井はさっき武内がしたように芽衣の手を引き寄せた。
「何だか、君の爪、ぎざぎざしてるね」
一体どうしたんだ、という風に吉井が仰ぎ見る。矢野は知らないフリをしてデスクへ逃げ込んだ。
「せっかくランチタイムのとき、武内くんにマニキュア塗ってもらっていたのに、課長が急に手形をとるからって意味不明なことするんです」
芽衣が愚痴を言うと、涼介は一瞬真顔になったあと、大声で高笑いしはじめた。
「ああ、そっか。なるほど……」
「何です?」
「いや、そのうちいいことでもあるんじゃないかな。ふーん、そっか、矢野のやつ」
げらげらと笑い出す吉井に苛々しながらも、心の中で思う。
余計なこと言うなよ――と。
矢野はポケットの中に、“手形”をそっと仕舞い込んだ。
それが、エンゲージリングになるのは、もうしばらく後のこと……。
END
その日の午後、白いタキシードにも見えるような明るいスーツを着て、吉井が現れた。
スカウトをしたくてライバル会社にふらりとやって来るもんだから、肝っ玉が座っているのか、単なる奇人変人なのかは分からない、と矢野は思う。
「こんにちは。お世話になってます」
芽衣がバカ素直に受け答えすると、吉井はさっき武内がしたように芽衣の手を引き寄せた。
「何だか、君の爪、ぎざぎざしてるね」
一体どうしたんだ、という風に吉井が仰ぎ見る。矢野は知らないフリをしてデスクへ逃げ込んだ。
「せっかくランチタイムのとき、武内くんにマニキュア塗ってもらっていたのに、課長が急に手形をとるからって意味不明なことするんです」
芽衣が愚痴を言うと、涼介は一瞬真顔になったあと、大声で高笑いしはじめた。
「ああ、そっか。なるほど……」
「何です?」
「いや、そのうちいいことでもあるんじゃないかな。ふーん、そっか、矢野のやつ」
げらげらと笑い出す吉井に苛々しながらも、心の中で思う。
余計なこと言うなよ――と。
矢野はポケットの中に、“手形”をそっと仕舞い込んだ。
それが、エンゲージリングになるのは、もうしばらく後のこと……。
END


