Any time Any place

私は、祖母同様、おじいちゃんも大好きでした。

おじいちゃんは、名を仙太郎といい、それはそれは、色男でした。

しかし、芸術肌。

現実的で唯我独尊な祖母と、どーして結婚したのかは分かりませんが。

祖母は、「見合いで仕方なくだ。適当に結婚しても、子供は3人できる」と笑ってました。

商才の無い芸術系優男でしたから、祖母は色々と苦労したようです。

冷蔵庫が普及しだした時に氷会社を始め、氷会社が倒産すると、何を思ったか八百屋さんになろうとしたらしい。

ハイ、ちまたでは、スーパーなるものが進出してきたときです(笑)

上手くいくはずがねぇ!

借金もあるし、女好きだし、苦労も絶えなかったようですが、苦労を苦労と思わない女なので、祖母はあっけらかんとしたものでした。

だから、私たちにとっては、「優しいおじいちゃん」としてしか記憶に残っていません。

毎週日曜の朝、地元の山へ散歩に連れていってくれ、踏切で電車が見たいと暴れる私を、二本でも三本でも待って見せてくれたやさしいおじいちゃん。

夜寝るときは、全くリアリティーのない作り話を永遠と聞かせてくれました。

そのありえないお話が大好きだった、私と姉。

私が妄想好きなのは、そこからきているのかもしれません。

祖父は、地元のお寺さんから頼まれた彫刻の作成に心身ともにつぎ込んでいたのですが、その彫刻が完成すると同時にアルツハイマーになりました。

よくあるそうですね、燃え尽き症候群といいますか。

アルツハイマーになってからが面白くて、温厚だった祖父が初めて怒るよーになり、常に行動が遅いのに食べ物だけには俊敏に動くようになったり、と。

うちは典型的な明るい家庭でしたので、アルツハイマーな祖父を抱えていても、笑いが絶えませんでした。

結婚前、夫とは私の実家で同居していたのですが、彼は、「ただいまー」と帰ってくるたびに、「いらっしゃい、色男だねぇ」と言われてました(笑)

アルツハイマーがひどくなり、風邪をこじらせて入院したとき、孫の顔は忘れても、毎朝鏡を見て髪の毛を梳かすのと、看護婦さんの手を触ることは忘れなかったらしい。

病院のベッドでくたばっていても、優男健在だぜ(笑)



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