殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 その後で、中川に出発する一時間前に再び忍び込んだ翼。

居間のカーペットの上に二人を置いて、その上に大きなビニール袋を乗せた。


ビニールの手袋でサバイバルナイフの柄を持ったのも、翔の指紋を消さないためと自分の指紋を付けないためだった。


全てが返り血を浴びないための配慮だったのだ。




 そんなことをしなくても翼は翔なのだから、指紋は一緒のはずなのに。
翼はそれすら忘れて……
ただ憎い翔に罪を被せることだけを考えていたのだった。


翔はその時、完全に翼になりきっていた。
二人の人格は、完全に独立していたのだった。


翼は翔の人格を奪いながら、それさえも気付かずに母を独占する翔を憎み続けていたのだった。


穏やかで誰にでも優しい翼。
でもその心は固く閉ざされていた。


翔が翼の人格を産み出したように、翼も又別な人格を宿してしまっていたのだった。


アンビバレンス。
それは翼の孤独と哀しみが作り上げた両面感情だった。


だから翼は別人格にそれらを押し付けていたのだ。
母を愛していけるように……
祖父に甘えて生きられるように……




 ビニール袋の端を少し上げナイフを振り下ろす。

二人共即死のはずだった。

その上から用意してきたアルミシートを乗せた。

軽くて暖かい、キャンプ用のシートは足の付かないように東京の量販店で購入した物だった。

アルミシートは体の熱を逃がさないだろう。
その上軽く後処分も楽だった。


この時、翼はあくまでも翼だった。


これが……
自分が翔だとも気付かず、翔を犯人に仕立て上げようとする哀しい翼の出した答えだったのだ。




 中川の帰りにアルミシートとビニール袋を回収するために再び日高家に侵入した翼。


これで完全犯罪が成立するはずだった。


実は陽子は何も知らされていなかった。

ただ車で待機していただけだったのだ。


それは……
陽子のことを思い図った翼からの愛だった。




 でも翼は戸惑った。
節子と貞夫がお膳立てしてくれた東大の合格祝い。
それをアリバイにしようとしたことを。


勝との思い出の品を汚してしまったことを。




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