殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 勝が買ってくれたアルミシート。
でも翼はこれ以上の素材を知らない。


翼はもがき苦しみ抜いた。

それでも憎しみがそれを上回り、結局使ってしまったのだった。


「此処に居るのが翔さんなら、私が会ったのはやはりそうだっのかも知れない」


節子は実家を訪ねて来た翼だと思っていた人物に不信を抱いていた。

翼は何時も自分のことを僕と言っていた。
でもあの日、その人は俺だと言った。

節子が気付くと、本音が出たと言ってはいた。




 でも節子は何か違うモノを感じていたのだった。
それでも、匂いは同じだった。

一途に婿をと願った翼と同じ匂いだったのだ。


『今度二人で三峰神社に行こうと思っているのです』

節子は翔が帰りがけに言った言葉を思い出した。


『あらっ、陽子は嫌がりますよ。噂を気にしていましたから』


(そうだ!? 私が言ったから此処を……。ああー!? 私ったらなんてことを)




 節子は翔を知らない。
勝の話の中の翔しか知らない。

母親に溺愛され、翼を蔑ろにする翔しか知らない。


でも本物の翔は翼と変わりはなかった。
優しい翼そのものだったのだ。




 「陽子……、何時までも此処でこうして居られないから警察に連絡するけど、いい?」

節子の言葉に陽子は頷いた。




 警察官が到着したのは暫くしてからだった。


「全く今日は忙しい日だ。上町の日高って家で遺体が見つかって」
来る早々愚痴をこぼす警察官。


「えっ!? 今なんて?」
節子が聞き直す。


「だから日高って家で遺体が」


「えっ!? 翼!? 翼の遺体が……」
陽子はフラフラと立ち上がり、坂道を走り始めた。




 「誰か! そいつを捕まえろ!!」
警察官の声が響く。


下から上がって来た警察官が陽子の身柄を確保した。


「行かせて! 翼が私を待ってる!」

陽子は激しい抵抗を繰り返していた。



見かねた警察官が、陽子の身柄を拘束した。



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