殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 パトカーで日高家に到着した陽子は震えて泣いている摩耶を抱き締めた。

二人でこの現実を直視しなければいけないと思った陽子は、摩耶を連れて現場に立っていた。




 腐乱状態だったが、しっかり形の残る翼の遺体。
でも……
それは、子供だった。

そしてそれは強烈な臭いを放っていた。
所謂……
遺体の腐敗臭だった。
でも陽子はそれに翼の生きていた証しを感じていた。




 あの時植木屋の見つけたのは、この子供の小さな指先だったのだ。


それは紛れも無く翼の遺体だった。


「白骨化した遺体の手に手を重ねていたそうです」
刑事が節子に言った。


「生きたまま埋められたのですか!?」
節子が聞く。


「いやはや解らん。娘さんの話だと、行方不明になったのは二カ月程前からだと」


「そう聞いてます」
節子は陽子の様子を伺いなから話していた。


「翔さんの結婚式の時、殺されていると実感したの」

やっと陽子が口を開いた。


「そりゃおかしいわ。この遺体どう見ても……、それに子供だ」
刑事は首を傾げた。




 陽子は不思議だった。
あの日。
確かに翼と翔の会話を聴いた。
コーヒーを置いた後、おからクッキーを取りに戻った時に……


『陽子のコーヒーが美味しい』
って。

確かにそう言われた。
でもカップの中のコーヒーは手付かずだった……


あれは翼の妄想。
幻覚……


(翼は一体誰? 翔さんだったの? でも……翼だと、信じたい!)


そう……
陽子が愛したのは、翼だったのだから。


紛れもなく、翼本人だったのだから。

陽子は子供の翼の遺体を見つめながら、ただ祈っていた。


やっと出会えた母親に思いっ切り甘えてほしくて。


(翼はきっとガラス戸に映る自分の幻影に翔さんを重ねていたのね。何時もお姉さんがピカピカに磨いてくれていたから……)
ふと、そう思った。




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