殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 でもその前に遣らなけばいけないことがあった。
それは、翼の死と向き合うことだった。




 翼の遺体は解剖の結果、凍死だと判断された。

カフェの奥の奥の冷凍庫で殺されたのだった。


陽子は翼の押し込められていた冷凍庫を見せてもらうことにした。


(翼の心を癒やすためには見ないと何も始まらない!)

そう決意したからだった。


寒すぎる冷蔵庫。
更にその奥にある冷凍庫。


それはどうやら、香専用の業務用小型冷凍庫のようだった。


陽子は暫くその場に立ち尽くしていた。


(何だろう!? 見たことがある!)


それが何処なのか陽子はすぐに思いあたった。


「ああだからなのね。だからあんなに……」


それは……
コミネモミジのお寺の涅槃像。

あの下にあった四角い無縁仏だと思われたお墓……


「あのお墓と同じ……」


陽子はあの日。
翼の心が泣いていたことを思い出した。


「翼ー!!」

陽子は其処から動けなくなった。

見かねた節子と純子が駆けつけてくるまで、陽子は冷たい床に突っ伏したままで泣いていた。




 そして陽子は思い出す。
勝と行った西善寺のコミネモミジを。


光の中から現れた翼を……


涅槃像に熱心に合掌していた翼を……

翼は自分が本当は死んでいる事実に気付いていたのだろうか?

だからお釈迦様に頼ったのだろうか?

自分の死に場所が、同じような形だと知っていたのだろうか?


圧縮パックの中の、僅かに残った空気で呼吸をしながら凍死していった翼。

でも翼は生きたいと願ったはすだ。
だから自分の振りをして勝の話を聴く翔に自らの意志で憑依したのだ。


薫の振りをした香はきっと、自分への罰だと思ったのかも知れない。

それだけど、それゆえに翔だけを愛したのだ。




 そう思った時……
陽子が何時も疑問に思っていた謎が解き明かされと感じた。


何故翔のことしか言わないのだろう?

それは、翔しか居ないからだった。

そう、翼はとっくに殺されていたのだ。
だから話せなかったのだ。


疑われないように取り繕いたくても、目の前には翼に支配されている翔しか居ないのだ。
それがどんなに香を傷付けていたのかは知るよしもない。
それでも陽子はそれを香の苦しみだと感じていた。

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