闇
それから暫く、世間話を して。
段々と日が陰って来た時、椎名君が口を開いた。
「……俺の事は、下の名前で呼んでくれないか。」
「え?」
「苗字は、嫌いだ。」
苗字は、嫌い。
それって、家族が嫌いって事?
だから、1人暮らし してるの?
疑問が幾つも浮かぶけど、私は それを飲み込んだ。
詮索、しちゃ いけない。
黙ったままの私を見て、椎名君は微かに眉を顰めた。
「覚えてるだろ?」
どきんと、胸が高鳴る。
屋上で話した あの日。
訊いたら、教えてくれた、あの名前。
「……翔織、君……。」
「駄目だ。呼び捨てで。」
「と……翔織……。」
顔を真っ赤に しながら そう呼ぶと。
彼は、にっこりと、艶やかな笑顔を浮かべた。
「……海崎。」
その声に、息が止まりそうに なる。
今迄、桜って、苗字で呼ばれてたのに。
でも それよりも、私を どきどきさせたのは、その笑顔。
初めて見た彼の笑顔は、
とっても綺麗で、儚くて。