溺愛トレード
通話を終えて、時間を確認する。ヤバい、朝はのんびり感傷に浸ってる時間なんてない。
お皿の上のトーストに目玉焼きをのせて、そのままかじってカフェオレで流し込んだ。
就職と同時に、私は一人暮らしをはじめた。狭いワンルームのアパートだけど快適だ。
この場所は実乃璃に知られていないから、早朝から叩き起こされて「エーゲ海でバーベキューしない?」と連れ去らいにくるような惨事は免れられるようになった。
地下鉄のガラスに反射した自分の姿を見ながら、人混みに流されていつものオフィスに入る。
アン・カイエはフランス語のノートの意味で、数百種類のオリジナル文具を生産し販売している。
日本ではまだまだ小さな会社だけど、根強いファンも多い。
なんせ、私もその根強いファンの一人だ。
最初に、アン・カイエのノートを手にしたのは実乃璃と公園で遊んだ数日後のことだった。
近所の文房具や、いつもよく行く百貨店ではとてもお目にかかることができない本綴じ製本の可愛いノートを実乃璃が大切そうに抱えて走ってきた。
「このノート。お父様がニースで買ってくれたの」と実乃璃は、お人形みたいな目をぱちくりとさせた。