真夜中に口笛が聞こえる
「今晩は。どうも、精が出ますね」

 会社から帰宅の折り、信一郎は公園でしゃがんでいた白河に声を掛けた。

「沢山植えられて、見違えるようですよ」

 皮肉を表面に出さないように、言い方に感慨深さを込めた。それでも皮肉に聞こえたのなら、それは仕方のないことだと、割り切っていた。

 汚れた白いシャツに薄緑の作業ズボン。手拭いを首から下げて、ゆっくりと立ち上がる。

「アサガオの蔓が切れていたんです」

 たった一人で呟くように、白河は言った。

「えっ?」

「可愛そうに……」

 白河は信一郎の家の柵を見ていた。

「それはですね……」

 そう、言い掛けた時だった。白河は静かに信一郎の言葉を遮った。

「植物にも、命があります」

「……命?」

「私は植物の声が聞こえます」

「声ですか」

「そうなんです。悲鳴のようなものが聞こえました」

「……」

 内心では何を言っているんだと、信一郎は思った。相手の言葉を汲んで、話をするほど、お人好しにはなれなかった。

「……これだったんですね」

 アサガオの枯れた蔓を、両手で広げて見せた。

 信一郎は背筋がぞくぞくとし、耳の裏側が炎で焙られたかのように熱くなった。

「棒を立てたら如何ですか。支柱です。小学生の頃にやりましたよ」

「ほう、アサガオを育てたことがおありなんですか、そうですか。……なら、貴方はアサガオの痛みをお分かりですね?」

「……ところで、市から補助金出てるんですか。それ」

 信一郎は無器用に話題を変えた。
 プランターの表示を指差し、興味があるように聞いた。白河はその文字をじっと見ている。

「はい、市が意外にも理解してくれましてね。役人は手が回らないとか理由をつけて、管理をしようとしない。それでは手入れされない公園が可哀想ですよね。そう、貴方も思いませんか」

「思います」

「役人に期待しても無駄です。私が公園を管理しますといったら、市も承認しました」

「はあ……」
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