真夜中に口笛が聞こえる
「ところで、アサガオの時、なんでそんなに怒ったの?」

 信一郎の様子を見て、ちょっと何かあるんじゃないかと美咲は思った。

 一度、箸先を口元にあてた後、信一郎はご飯の盛り上がりの無くなった茶碗に、きっちりと箸を揃えて置く。


「昔、実家に真っ白い壁があってね。友達もいなかった僕は、一人で壁を相手に、よくボールで遊んでたんだ」

「実家って、田舎の?」


「そう。美咲とも一度、車で前を通ったことがあったと思う」


「覚えているわ」


「それで、僕が遊んでいる様子を見ていた親父が、ある日つる草を這わしたんだ。そして、僕は遊べなくなった」


「うん」


「僕はそれが不満でね。壁も夏には葉が多く付いて格好もついたけど、やがて秋から冬にかけて、葉が落ちてひび割れみたいに汚くなった」

 信一郎の話に、美咲は聞き入っている。美佳は静かにテレビを観ていた。


「無惨だったよ。親父は後悔していたみたいだが、だからといって、何もしようとはしない。そこで、僕がつるを取り除こうとしたんだけど、吸盤みたいなものでひっついていて、なかなかとれなかったのさ」


「そうなの」


「結局、僕の力ではどうにも綺麗に取れなかった。吸盤が残ったり、所々、つるが残ったり」


「……」


「汚い壁を見て、真っ白い壁を知っている僕は、悲しくなって涙が出てきたよ。不甲斐なくってさ」


「信ちゃん……」


「アサガオ自体は嫌いじゃなかった。でも、つる草が伸びるのを見るのは嫌いになったね。あんな姿を見るのは、もう、こりごりだから……」

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