真夜中に口笛が聞こえる
◇第八章 孤立
 その夜、土を掘り返す一匹の犬がいた。ビーグル犬のピットである。

 白河の庭の密林に迷い込んでいた。広くもないのに植物が多過ぎ、土を掻きむしるピットの姿さえ確認し辛い。

 ピットは繋がれていないのをいいことに、気ままに月明かりの散歩を楽しんでいるようであった。

 あまり散歩に連れていってくれない飼い主に期待するより、こうして自分で散策する味を憶える方が早かったのだ。

 今夜のピットは、少し足を伸ばして、古い家に入ってみたのであるが、それが裏目に出てしまった。

 植物は絡み付くし、暗くて足元が良く見えない。それに何よりも薄気味悪い。
 掘ることにも飽きたし、こんなことになるのなら、自分の犬小屋で眠っておけば良かった、と後悔するかのようにトボトボと歩く。

 しかし、その後悔も遅かった。周りで何かの気配を感じる。

 ピットは「ウー」と一度唸った。威嚇したのはいいが、本当は不安でいっぱいなのか、どこか脅えたように全身がすくんでいる。

 ──その時である。突然の出来事だった。

 後ろからいきなり袋を被せられ、僅かな視界すら奪われたのだ。驚いて一生懸命もがくものの、唯一の光の口が閉じられ、袋の先が紐で結ばれる。

 そして程なく、袋の上からスコップの背で叩かれた。

「きゃん」

 頭が叩き付けられた。
 続け様にもう一発。今度は角だ。

 痛い……、もう、許してほしい、助けてほしい、そう、ピットは訴えた。

 しかし、終わることなく叩かれ、蹴られて、ついにピクリとも動かなくなった。

 袋から顔を出された犬は、まだ息はあった。
 口をこじ開けられ、その中に干からびた薔薇の茎を押し込む。棘が咽に刺さる。

「くうん、くうん」

 やめて、やめてよ。僕、死んじゃうよ。ピットはシャックリの様な音を立てるばかりで、鳴き声すら出せなくなった。

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