真夜中に口笛が聞こえる
 時子は旦那が帰り次第、今日あった出来事を話して、白河の所へ乗り込んで行くのだろうか?

 穏やかに済ますつもりがなさそうな時子の行動は、危険ではないだろうか?


 美咲は、そんな事を考えると、何かとんでもないことが起きるのではないかと、不安で胸が締め付けられた。

 美佳は先ほど学校から元気に帰ってきたのだが、信一郎の方はまだ帰って来ない。

 そんな時、隣の寺嶋家から、裏返った甲高い声が聞こえてきた。

 時子の声だ。

 それは、夫婦喧嘩だった。どうやら、旦那が帰ってきたようである。


「ちゃんと聞いて」

「わかったよ。それより、メシ」

 会話の内容が嫌が応にも、美咲の耳まで聞こえてくる。


 ──時子は脱ぎ捨てられた作業着の襟をひんむいていた。そして、シャツに鼻をつける。

「何コレ? この匂い……。それにこっちの汚れは何よ」

「うるせーな」

「まだ、あの女と繋がっているのね」

「うるさいよ」

「ちゃんと言いなよっ」

 時子はシャツを投げ付ける。

「うるせーんだよ。ヒステリー女め」

「何ですって!」

 時子は近くにあったものを、手当たり次第に投げ始める。

「こっちは、今日突然リストラされて、むしゃくしゃしてんだ!」

 時子の投げる手が止まった。

「リ……ストラ? そうなの?」

「ああ、クビだよ」

「クビ……」

 時子の旦那は、シャツのボタンを外すのに手間取っている。

「そうだ」

「……でも、だからって、あの女の所へ行くことないじゃない。そんなの理由にならないわよ!」

 ──美咲は聞こえないよう、お茶を持って、反対側の和室まで移動した。

 まだ井草の匂いのする畳の上で、聞こえないことを確認すると、熱いお茶をすすった。

 
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