ピエモンテの風に抱かれて
短冊への願い
『リュウ、おめでとう!』
『あんなに凄いコンクールで新人賞だなんて!』
『サルーテ(乾杯)ーー!!』
夕方から夜にかけて続々と到着する車。ワイナリーでは盛大なパーティーが開かれた。
キッチンでは樹里と母親がてんてこまいしている。手元で作っているのは本格的な和食。日本にいる祖父母が定期的に送ってくれる食材の出番だ。
日本のお祝いにはかかせないお赤飯に、見た目も華やかな散らし寿司。そして尾頭付き鯛の煮付け。
一見イタリア料理に見えるフリットは実は天ぷらであり、醤油の匂いが香ばしい竜田揚げも客人の食欲をそそる。
ピザの代わりは龍の好物である広島風お好み焼きが用意され、夏にピッタリの冷製パスタは冷やしそうめんに変身し、それらに添えられているのは梅肉、わさび、生姜、柚子胡椒、ねぎ味噌といった具合だ。
近年ヨーロッパに驚異的に広まる漫画やアニメに影響された日本ブームは、和食をも注目させていた。だが、現地流にアレンジされてしまい、目を覆いたくなるようなものも多い。
「母さん、この前テレビで観たのよ。ロンドンの寿司屋ではチョコレートを乗せた握り寿司を出すんですって」
ソックリ親子の樹里と母親の麗子。同じ黒のストレートヘアと奥二重の切れ長の目を持つ親子は、本当に似てるわね、とよく言われる。唯一違うのは、樹里が父親から受け継いだ青い瞳くらいだろう。
麗子は、怪訝そうな顔つきで答えた。
「ありえないわね。そんなものが日本料理だと思われたら困るわ」
遺憾する彼女の口癖である。信念があるのだ。外国に住む日本人こそが日本の正しい文化を伝えていくべきだ、と。
「母さん。この茶碗蒸し、もっと昆布ダシをきかせた方がいいんじゃない?」
「あらそう? んー…、確かにそうね。ジュリの方がセンスがいいかも」
そんな母親の精神を立派に受け継いだ樹里も、自然に料理上手になっていた。
そしてキッチンの隣にある広いダイニングテーブルには一升瓶に入った日本酒の他に、数えきれないワインが花を添える。
和食には合わないと思われがちだが、そこはプロである祖父が厳選したものだ。食通のイタリア人の舌を唸らせていた。
『ねえ、リュウ…』