ピエモンテの風に抱かれて


そこには当然あのバレリーナの姿も見えた。今日は長い金髪を背中まで下ろし、
肩を大胆出したドレス姿の彼女が懲りもせず龍にアプローチしている。



『そう、あれはただの噂だったのね。だったら…、バレエに転向する気がないなら、せめてゲストで次の舞台に参加してみない?』



『ゲストですか。それはそれでいい経験になるかも知れませんね』



当たり障りのない返事をした龍の耳に聞こえてきたのは、



『我ら〜〜〜が、リュウ♪ トリノの星よーー! イェーイ』



両手を広げて高らかな歌声を披露した、オペラ歌手の登場だ。



『ゲストならオペラの方が絶対いいぞ! リュウの演技力はオペラにも必要なんだ!』



ここまでくると、お約束の展開になるのは言うまでもない。



『いつもいつも邪魔しないでちょうだい!』



『先に邪魔してたのはそっちだろ? リュウ、君はまだオペラの素晴らしさが分かってないんだ!』



『もう、だからあなたはしつこいって言うのよ! 』



『フン、しつこいのはお互い様だろ? こうなったら根比べだな!』



ワイングラスを片手に酔っ払った凸凹コンビが、いつもより増して白熱している。

喧嘩をしているように見えるが、実は仲の良い二人である。こんなラテン民族の宴は実に賑やかだ。みな楽器を持ち込んでは飲めや歌えやの大騒ぎになる。



『さあ、デザートは皆さんが大好きなビチェリン入りのチョコレートムースですよー。食後酒のグラッパもどうぞ!』



樹里が大量のデザートをトレイに乗せてくると、ワッと人だかりができた。



『これ、ジュリのお手製かい? さすがトリノっ子だな、ビチェリンを使うなんて!』


『料理も本当に美味しかったわ。日本食なんてあまり食べないから見直しちゃった』



そう言われて照れる樹里を、龍は誰にも見つからないように手招きした。



「ジュリ、おいで」


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