ピエモンテの風に抱かれて
出て行こうとした樹里の手首を龍が掴むと、
「うっ、うっ…」
肩を震わせた樹里の姿があった。次に龍の目に映ったのは、彼女の青い瞳に溢れた大粒の涙だった。
「本当は行ってほしくなんてない。でもそれは私の我が儘なのよね…?」
泣きながらそう訴える樹里の頬を両手で包んだ龍は、そのまま長い長いキスを落とした。
唇が離れると、樹里はハッと我に帰った。
「ごめんなさい、こんなこと言って…」
龍も涙を目にためながら首を横に振ると、僅かに微笑んだ。
「そんなことない。そうだとしたらジュリの我が儘なんて初めて聞いたよ。ジュリはいつも自分のことは二の次にして、笑顔で俺の側にいてくれた。
俺が間違ったことを言えば、ハッキリと指摘もしてくれたよな。
どんなに助けられたか分からない」
「助けてなんかいない。ずっとリュウと一緒だったんだもの。当たり前でしょう?」
「それだって出来る人と出来ない人がいるよ。ジュリはいつだって…」
龍も感極まり、お互いの想いが募ると、二人は自然に強く抱き合って体を重ねた。そして悲しい一夜を共にすることになった。
「リュウ、リュウ…。私を忘れないで…」
「俺、まだ半人前だから…一緒に連れて行けなくて…、ごめ…」
龍の熱い吐息、愛の囁き。全身をつたう手の感触を、樹里は記憶に留めようとした。
いつまでも忘れることのないように。
いつまでも…
いつまでも −。