ピエモンテの風に抱かれて
− あ、七夕…? −
樹里を気づかせたそれは、出迎えでごった返す人々の背後にそびえ立っていた。カラフルな短冊が数えきれないほどついた、大きな大きな竹だ。
「ジューリー、おはよう! こっちよ」
上品で綺麗なソプラノが聞こえて振り返ると、そこにいたのはトリノで一年間一緒に仕事をした先輩、5歳年上の森末飛鳥だった。
樹里は思わず顔をほころばせ、心の底からホッとしていた。
「わあ、アスカ先輩! お久しぶりです!!」
飛鳥は樹里よりもやや小柄で手足も華奢だが、バストやウエストの凹凸がやけに目立つ。
これでセクシー系のワンピースでも着ようものならグラビアアイドルも真っ青だろうが、今日の黒い細身のパンツスーツもすごく似合っててかっこいい。
実は新婚ホヤホヤの彼女は、人妻としての色気も備わったようだ。
「ジュリが来るって聞いたから、ガイドを志願したのよ。あれ…、ジュリったら、痩せた?っていうより、やつれてない? 大丈夫?」
「時期的なものですよ。夏痩せする体質なんです」
今日は真夏の始まりを予感させる7月1日。
イタリアではとっくにサマータイムが始まっており、日本も例年になく早い梅雨明けとなっていた。
「体質ねえ…、本当に? 心配事があるんじゃないの?」
そう言われた樹里はドキッとしてしまった。龍との関係を知る飛鳥に、内心を見透かされていたに違いないのだから。
「まあいいわ。積もる話は後でしましょ。とりあえず今のところは問題ない?」
「はい! お客様は12名で皆さんお元気です。でも全員日本は初めてだそうです」
「え、初めて!?」
初めて、と聞いた飛鳥の顔が青ざめ、そのまま絶句している。その理由に、樹里も心当たりがないわけではなかった。
「ああ…、それは大変かも。でもまあよくあることよ。頑張りましょうね。
さあ、とりあえず基本的な確認からいきましょうか。ジュリ、携帯番号は変わってない?」
「あ、最近変えました。新しい番号は+39の115…」
「はーい。+39の115……ね。アドレスも交換しておかないと。えーっと、それから……」
切り替えの早さは抜群だ。この業界の中堅どころに入り、いつでもテキパキと仕事をこなす飛鳥の指示が頼もしく聞こえる。
「じゃあ行きましょうか。今年の夏は特に暑いわよ。覚悟してね」
初めての日本にキョロキョロと辺りを見渡し、興味津々といったツアーの一行がバスに移動しようとする中で、樹里はもう一度短冊のついた大きな竹を横目で見て足を止めた。それに気付いた飛鳥が尋ねた。
「ん? どうかした?」
「いえ、私もお願いを書きたいなあと思って…」
飛鳥はクスッと笑った。
「大丈夫よ。この時期はどこに行っても短冊だらけだから。お願いなんていくらでも書けるわ」
「そうなんですか? 日本には8月のバカンスでしか来たことがないんですよ。安心しました!」
日本で初めて書こうとした、樹里の短冊への願いはただ一つ。
昔から変わらないそれは…。