ピエモンテの風に抱かれて

表通りから一歩入ったその暗がりの中で、車に寄り掛かかりながらうつむいている背の高い人影が見える。

それが一目で龍だとわかると、同時にその影が樹里に向かってやってきた。



「ジュリ!」



そう叫ばれて強く抱きしめられる。すると今まで嗅いだことのないシトラス系の爽やかな香水に包まれていた。そして龍が身につけているシルバーのアクセサリーや腕時計が直接肌に触れるヒンヤリとした感触 −。



お洒落とは無縁だった彼とは確かに違っていた。しかし…、



「ジュリ! どうしてあんな所にいたんだ!?」



そう言って樹里の目を真っすぐ見つめる龍の瞳だけは昔と変わらなかった。



「私…、仕事で…東京に……」



懐かしい彼の瞳に安堵した樹里は、声を上擦らせながら今までのいきさつを全て話した。突然日本への添乗を頼まれたこと、龍の電話が通じなかったこと、先輩の計らいでここに来れたことを。



「そうだったんだ、だからあんな所に…。ごめん、無視して本当に悪かった。ごめ…ん、ごめんな」



必死で謝る彼。近寄りがたいスターの風格どころか、それは昔と変わらない龍。まるでタイムスリップしたかの感覚と、彼の広くて温かい胸の中で樹里も次第に落ち着きを取り戻していった。


< 92 / 116 >

この作品をシェア

pagetop