ピエモンテの風に抱かれて
「ほら、あそこ。ビルとビルの間に車を停めてるから」
こ洒落たレストランやモダンなバルのイルミネーションが華やかな赤坂の表通りは、22:00を過ぎてもまだ人で溢れている。その中でレナが指をさした場所だけは暗がりになっていてよく見えない。そんなところで龍は待ってくれている。
しかしあと数メートルというところで不安が振り返してくると、思わず一足先をいくレナの腕を掴んだ。
「レナ、ちょっと待って。聞きたいことが…、リュウには、その…、新しい恋人がいるんでしょ? 突然私なんかが現れたら困るだけなんじゃ…」
レナは龍とそっくりのクリっとした丸目を更に丸くさせると一瞬沈黙したが、真剣な眼差しを樹里に向けた。
「ね、今でもアニキのこと好き?」
「え…?」
あまりにもストレートな質問に戸惑ってしまったが、同時に昔の記憶が蘇ってきた。
初めて七夕さまを歌ってくれた時のこと、どんなに他の女性に言い寄られても決して浮気なんてしなかったこと、サプライズで指輪をプレゼントしてくれたこと −。
樹里の脳裏に焼き付く思い出の数々。溢れる才能を持つ半面、考えられないような大雑把な性格の龍。常に元気に動き回り、何をしでかすかわからない、そんな破天荒な彼にいつの間にか恋をしていた −。
例の悪い噂や着信拒否の理由など数々の不安にわだかまりはあるものの、龍を好きだという気持に偽りはないと改めて確信すると、レナに向かって首を大きく縦に振った。
すると彼女は小さく微笑んだ。
「そっか。だったら本人とちゃんと話した方がいいよ」
「本人…、リュウと直接…。そうよね」
レナに後押しされてやっと龍に会う決心が固まると、スウッと大きく深呼吸をした。