ピエモンテの風に抱かれて
次の瞬間、彼女は柔らかい口調で挨拶をしてきた。
「ジュリさんね。初めまして。リュウのマネージャーの割田薫です」
「カオルさんは、ワリタプロダクションの社長の奥さんでもあるんだよ」
龍がそう付け加えた彼女は、飛鳥に教えられた家族経営プロダクションの社長婦人というわけだ。
さっき感じた冷たい視線はどこへやら、満面の笑顔で話し掛けられた樹里の緊張はほぐれていた。
− 暗くてよく見えなかっただけよね? −
心の中でそう言い聞かせると、丁寧な日本語で謝った。
「初めまして、カオルさん。急に日本に来ることになりまして、リュウにも連絡が取り辛かったんです。こんなところまで来てしまったご無礼をお許し下さい」
「とんでもない。私こそ謝らなきゃいけないことがあるの。あなた、最近リュウの携帯にかけたでしょう?」
それを聞いた樹里はすぐに悟った。あの時電話に出た女の人は彼女だったということを。
「あ、あの時の。すみません、途中で電話が切れてしまって。でも2回目にかけた時は……」
少し視線を落しながらそう言った樹里に、薫は申し訳なさそうに胸の前で手の平を合わせた。
「てっきり間違い電話かと思ったの。それに時々リュウの携帯にファンからかかってくることがあって。一体どこで調べるのかしらね? だから相手の番号もよく見もしないで着信拒否にしたのは私だったのよ。本当にごめんなさい」
龍もすまなそうに、そっとイタリア語で補足した。
『…彼女は老眼で、小さな字が見えづらくなってるんだよ…』
『あ、だからイタリアの番号に気づかなかったのね? 不思議に思ってたのよ』
二人が何を話しているか分からずキョトンとしている薫に対し、徐々に誠実な人柄が見えてくると更に安心感が湧いてきた。
一方、二人のイタリア語をしっかりと捉えていたレナはクスクスと笑いをこらえると、そのまま後部座席のドアを開けた。
「ねえ、こんな所で話してないで行こうよ! ジュリ姉、時間は大丈夫なの?」
「あまり遅くはなれないけど…、どこに行くの?」
「アニキの家だよ」