片恋綴
「嘘じゃねぇよ」

「じゃあ、何でですか?」

真宏は今度は真剣な表情を作って訊いてきた。こいつのこんな顔を見るのは初めてのことで、少し驚いた。

真宏はいつもにやけたような顔か、意地悪そうな表情しかしていないからだ。

俺はプロのカメラマンとして多少仕事をしている。以前は殆ど一人でやっていたが、依頼に自分の個展。少しばかり忙しくなってきたとき、アシスタントの募集をかけた。そこに訪れたのが真宏だった。

志望動機を訊くと、写真に興味あって、と答えたので採用したのだが、こいつがカメラを構える姿は一度も見たことがないという、何とも不思議な奴だった。

それでも言われた仕事はきちんとこなすし、言った以上のこともやってくれる。俺の仕事にはなくてはならない奴だとは思う。

「困らせたくないからだよ」

俺は真宏の真剣な表情に何故か誤魔化すことが出来ず、素直に答えた。

「要は、逃げてるってことですかね」

さらりと返してくる真宏に多少なりとも苛立った。

そんなつもりはない。

俺は、あいつのことを想ったうえで、そういう結論に達したのだから。なのに、そんなふうにこいつに言われる筋合いなど何もない。

とはいえ、こんなことで腹を立て、声を荒げるのも大人げないと思い、小さく息を吐いた。

「違う」

短い言葉を吐き出す。


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