夜香花
「変わったよ。何か前よりわらわのこと、構わないし」

「お前なんぞ、構っているつもりはない。これまでも、これからもな」

「違うよっ! そうじゃなくて……」

 苛々と、深成は押さえつけた真砂の手に視線を落とした。
 どう言えばいいのかわからず、真砂のにべもない態度に腹が立ち、握った手に、ぎゅ~っと力を入れる。
 幼い深成が力一杯掴んだところで、真砂は大して痛くもないだろうが。

「……何なんだよ、お前は……」

 少し顔をしかめて言った真砂の視線が、深成を通り越した。
 深成が振り向くと、背後の戸口に、千代が立っている。

「あ、千代」

「なっ何やってんだいっ!!」

 深成の言葉に被る勢いで、千代が、だだだっと駆け込んでくる。
 驚いて、深成は逃げようとした。

 だが元々壁際に座った真砂に向かい合っていたのだ。
 前に動けば、あと一歩ですぐに壁だし、横に逃げる暇はない。
 真砂の後ろに回ろうにも、壁にもたれた真砂に後ろはない。

 伸びてくる千代の手から逃れるため、咄嗟に深成は床を蹴った。
 必死に梁にしがみつく。

 ほぅ、と少しだけ、真砂が感心したように深成を見た。
 このようにいきなりな状況でも、助走なしで、天井の梁まで飛び上がったのだ。
 つくづく驚かされる奴だ、と、真砂は密かに口角を上げた。
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