夜香花
「そんなんじゃないよ。真砂だけじゃない。千代だって、お屋敷では仲良かったのに。そりゃ正体がわかった今、あのとき仲良くしてくれてたのは、指令のためだってわかってるけど。そうだとしても、ちょっとは情って残らないかなぁ」

「乱破に情は必要ない……。頭領の、昔からの信条じゃ」

 少し痛ましそうに、長老が言う。
 深成は顔を上げた。
 千代が、以前言っていた。

「情ある乱破は自滅する……って、真砂は考えてるんだね」

「お前さんも、そう思うのかね?」

 少し首を傾げながら、深成は困った顔をした。
 何と言っても、深成はまだ十を少しばかり出ただけだ。
 心の奥深くの心情を、上手く表現することなど出来ない。
 真砂の言う、この意味だって、よくわからないのだ。

「千代が教えてくれたんだよ。真砂の口癖だって。よくわかんないけど、要するに優しくするなってこと? だったらわらわは、そうは思わないけど」

 うむ、と一つ頷き、長老は囲炉裏の火に灰を被せた。

「あまりに他人を思いやると、己の身が危うくなる、ということじゃ。あながち間違いでもない。むしろ正しいと言ってもいいじゃろう。それこそ乱破は、任務の中では仲間を見捨てる非情さも持ち合わせていなければならん。実際は、そうそうそれを実行できる者などおらぬがの」
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