夜香花
「出来ないことを、真砂は言ってるの?」

「いいや。……例えば、今ここに敵がなだれ込んで来るとする。わしはこの通りの老体じゃ。さらに足をやられたとしよう。お前さんは、若く元気じゃ。お前さんの能力を持ってすれば、切り抜けることも出来る状況だった場合、お前さんは、わしを置いて逃げられるか?」

「そんなことしたら、おじぃちゃん死んじゃうじゃん」

「そう。そこでわしを置いてお前さんが逃げれば、わしは間違いなく敵の手にかかるという状況じゃ。わしでなくても、捨吉でもいい。捨吉がお前さんの目の前で、結構な傷を負った場合、お前さんはその捨吉を見捨てることが出来るか? もちろん、逃げなければお前さんの命も危うい場合じゃ」

 深成は黙っている。
 究極の選択を迫られているのだ。
 仲間を見殺しにして自分が助かるか、仲間を庇って己も死ぬか。

 しばし真剣な表情で考えていた深成だったが、やがてふるふると首を振った。

「そんな状況であっても、おじぃちゃんとかを見殺しにして助かったら、後々きっと後悔するよ。わらわが頑張って戦い続けたら、おじぃちゃんも助けられるかもしれないじゃん。助かる可能性のある人を、見殺しには出来ない」

 子供らしからぬ、強い瞳で言う。
 思わず長老は目を見張った。
 そして、悲しそうに頷く。

「素晴らしいのぅ。良い心がけ……と言いたいところじゃが、乱破の世界では、それは不要な感情なのじゃよ。乱破自体が少ないこのご時世、下手に手練れな者を殺すわけにはいかん。仲間を庇っての死など、無駄死に以外の何ものでもないのじゃ」
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