夜香花
「邪魔っ! 千代、大人しく離れてて!」

 再び深成が怒鳴った。
 また一瞬千代の顔が怒りに歪んだが、深成のただならぬ勢いに気圧されて黙ってしまう。

「盾にされたくなかったら出て行け」

 真砂にまで邪魔者扱いされ、千代は唇を引き結んだ。
 だがこのままここにいたら危ない。

 千代にもわかるほど、今の深成の気は純粋な殺気だ。
 今までのような、じゃれ合いでは済まないだろう。

 千代は手早く着物を羽織ると、戸に走った。
 真砂の横をすり抜けるときに、彼の刀を手渡す。

---しまった……---

 油断していた。
 真砂が刀を持ってしまえば、太刀打ち出来ない可能性がある。

---しょうがない。今更、どうしようもないもん。元々真砂に勝てるとは思ってないんだし、死ぬ覚悟だったんだから!---

 腹を決め、深成は懐剣を構えて真砂を真っ直ぐに睨んだ。
 真砂はまだ、刀を片手で持ったまま、だらりと下げている。
 鞘も払っていない。

 一見隙だらけだが、そうでないのは真砂の近くにいたこの幾日間かで、よくわかっている。
< 308 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop