夜香花
「それは俺の。いくら何でも、頭領のじゃでかすぎるだろ」

 その前に、真砂が自分の着物を貸してくれるなどとは思わないが。
 深成は改めて、捨吉にぺこりと頭を下げた。

「ありがとう。ほんとにあんちゃん、いい人だぁ」

 以前に一緒に旅したときから、捨吉は深成に優しい。
 深成も、本当の兄のように慕うようになった。
 そんな深成に、捨吉は、ちょっと微妙な表情になる。

「看病したのは、俺だけじゃないからね。怪我は初めが肝心なんだから。お前もこれに懲りて、無謀な挑戦は、やめにしなよ。でないとほんとに死んじゃうよ」

 一番初めに治療をしたのは真砂だ、と言いたいのだ。
 だがそもそも、傷を付けたのは真砂なのだが。

 ぐ、と黙った深成の頭を、捨吉は再度ぐりぐりと撫でた。
 そして立ち上がると、真砂にもう一度頭を下げて出て行く。

 しばし閉まった戸を見つめていた深成は、ちらりと真砂を見た。
 相変わらず、何を考えているのかわからない無表情で、真砂は囲炉裏の鍋をかき混ぜている。

 ふと、真砂の頬に一筋赤い線が付いているのに気づいた。
 ぼんやりとそれを見ていた深成は、不意に吹き出した。
 いきなり笑い出した深成を、真砂が怪訝な表情で見る。

「……何がおかしい」

「だって、わらわはこんな大怪我負ったのに、あんたは頬のかすり傷だけなんだもん」

 けらけらけら、と笑い転げながら、深成が言う。
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