夜香花
「可愛いですねぇ、赤子って」

 利世にあやされている幸昌を眺めながら言うと、利世が、ほほほ、と笑った。

「そうね。於市にもすぐに、赤子が出来るでしょう」

 途端に深成の顔から、表情が消えた。
 だがそれは、今までのような無関心さから来るものではなく、単に思わぬ事を言われた、という驚きだったようだ。
 大きく首を傾げる。

「於市は今まで、武家のしきたりも何も知らずに育ったわね。この三年間で、基本的なことは学んだでしょう。でも、物心つく頃から武家の娘として育った者……例えば阿菊などとは、心の根本が違うでしょう」

「……根本って何です?」

 何か己に不始末でもあるのかと、深成は膝を進めた。
 ちなみに深成の姉に当たる阿菊は、この九度山の屋敷には連れて来られていない。

「何事も、自由にありたい、と思うでしょう?」

 静かに言う利世に、深成は考えた。
 利世の言う『自由』とは何だろう。

「……六郎たちと、遊び回ることですか? 前にも言ったような気がしますが、それはさすがに年頃になると、誰でもしなくなることでしょう?」

「ほほ、そうね。さすがに於市も、今は野山を駆け回ることは、しないかしらね」

 ころころと笑いながら答える利世は、だが軽く首を振った。
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