ペテン死のオーケストラ
そんなマートルを見て、産婆はにこやかに言います。

「道端で倒れている貴女を見つけた時は驚いたわ。呼吸が弱々しいんですもの。でも、すぐにわかりました。疲労と悪阻からくる目眩で倒れているとね。少し安静にすれば体力も戻りますよ。安心して下さい」

「赤ちゃんは、私の中にいるの?」

「ええ、勿論。とても元気な赤ちゃんですよ。お母さんの事が好きなのね。一生懸命に訴えていますよ」

「私の赤ちゃん…」

「悪阻からくる脱水症状が見られます。さぁ、ベッドに戻りましょう。ゆっくり休むことが貴女の仕事ですよ」

「ゆっくりなんて休んでいられないの。お金を稼がないと…」

「赤ちゃんの命とお金、どちらが大切か。貴女は分かっているでしょう?」

マートルは産婆の言葉に胸が痛みました。
分かっているけど、自分が働かないと生活ができないのです。

産婆は言います。

「元気な赤ちゃんを産みたいなら、我慢しなさい」

マートルは小さく頷き、ベッドへと戻りました。

産婆もついて来て、会話をします。

「まだ、名前を聞いていないわ。教えて下さらない?」

「マートルです。なぜ、名前を?」

「名前を聞くと親近感がわくでしょ?だから、マートルさんと呼ばせて頂きますね」

「…、好きにしてください」

マートルは小さな声で答えました。
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