優しい爪先立ちのしかた

羽織ったパーカーから出した小さなウイスキーボトルの蓋をくるくると回す。

「何するの? やめて、ねえ、栄生」

中の液体を全てバケツの中に入れた。

「ごめんなさい、謝るから。栄生、私から奪わないで……!」

その言葉に、栄生が振り返る。

奪う。奪わない。
諦める。諦めない。

嶺の言っていた言葉を思い出す。

諦めるのは辛いことだ。
それを今、身に沁みて感じている。

「……私なんて、あの時死ねば良かった」

呉葉にも聞こえないような小さな声が出た。

そうしたら、カナンは生きる道を迷わなかったかもしれない。
比須賀はあのまま逃避行を続けていたかもしれない。
星屋も滝埜も秘密を暴かれなかったかもしれない。
式鯉は嫌な自分を思い出さなかったかもしれない。


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