優しい爪先立ちのしかた

嶺がやつれるのも無理はない。

父親からは栄生と連絡が取れないと本家の事件で電話があり、栄生は入院し、梢は起きない。

「お前、全部知ってんだろ? 栄生がされたこと」

「……一応」

「あんだけの暴力を受けて、今更なんだよ」

その一言は誰に向けたものではない。本音であり、愚痴だ。

梢と嶺は友人であり、主従の関係。栄生によって梢は嶺の手に渡り、ここまでの道を築いてきた。

「暴力ですか」

「小さい子供はどんなに親に虐待されても親を嫌いにはならない。どっかで信じてんだよ、その背中が振り返るのを」

梢も嶺も虐待を受けたことはないが、想像して口を噤む。
窓から入る光がその影を濃くする。

「……で、誰のことを覚えてるんですか?」

「そこに戻んのか。残念だったな、お前じゃない」



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