幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
「奈帆子さん、僕、これから幾つか質問してもいいですか?もしかしたら、失礼なことも聞いてしまうかもしれない」


礼太の後ろで華澄が口を開きかけたが、希皿が首を横にふり、止める。


れ い た に ま か せ ろ


口の動きだけで宿敵がそう伝えてくる。


華澄は一瞬悔しげな顔をしたが、掴まれていた手を払い、そのまま言われた通り黙りこくった。


背後でそんなやり取りがあったことに気づく余裕は、礼太にはなかった。


少し困ったような顔をして片眉を釣り上げる奈帆子の目を、真っ直ぐにとらえる。


「お父さんとお母さんのこと、好きですか」


奈帆子の肩が、小さくびくりとなった。


「……わたしと両親の仲聞いてどうすんのよ」


「わかんないけど……でも、できれば答えて欲しい……です」


黒目がちな瞳に、逡巡がよぎった。


「……まぁまぁってとこかしら。ものすごく仲が良いとはいえないけど、それなりにうまくやってる……見てればわかるでしょ」


「はい、分かります」


そう、三人は普通に家族をしている。


奥さんが今、怒ってろくに口をきいていないとはいえ、辻家の人々の間には、確かに絆のようなものがあるように見えた。


それは間違いではないだろう、でも。


「じゃ、失礼なこと聞きます。お母さんのこと、恨んでますか」


「………は、」


奈帆子の声に、はじめて怒気が混ざった。


「あんた……なにいってんの、なんでわたしがママを恨むの」


「ごめんなさい……答えたくないなら答えなくていいです。あと、もう一つだけ質問してもいいですか」


奈帆子は答えなかった。


ひたすら、目の前の少年を睨みつける。


礼太は視線を逸らしたいのを必死で耐えながら、自分でもにわかには信じ難い質問を口にした。


「お父さんのこと、殺したいって、思ってますか」


鋭い音が礼太の頬で鳴った。


「兄さんっ」


聖が慌てて駆け寄ろうとするが、今度はそれを華澄が抑えた。


奈帆子は自分でも信じられない、というように赤くなった少年の右の頬を見つめた。


まだずいぶんと幼さの残る相貌に、先刻の平手は痛々しい色を添えていた。


「あ……わたし…」


「大丈夫ですっ、ごめんなさい、僕がいけないんです。叩かれて当然です」


呆然とする奈帆子に、礼太は慌てて畳み掛けた。


ほっぺは痛いが大したことはない。


こんな痛みより、今の質問でえぐられた奈帆子の心の方がきっともっと痛い。













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